あの本は読まれているか

  • 東京創元社 (2020年4月21日発売)
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 大作映画『ドクトル・ジバゴ』は、まず映画雑誌『スクリーン』の広告で知り、実際には中高生自分にTVの日曜洋画劇場あたりで夢中になって観たことがある。ストーリーまでは如何せんほとんど覚えていないのだが、壮大なロマンだったという印象は強く残る。

 この映画の原作本は、冷戦下のソヴィエトで書かれたが、スターリニズムに批判的な思想書として国内で発禁となっていた。原作が国外に持ち出され、イタリアで出版され、ノーベル文学賞に選考されたが歴史上類を見ぬ作者による辞退に至った経緯は、ウィキペディアなどにもその背景の記述が見られる。

 本書は『ドクトル・ジバゴ』を冷戦下プロパガンダ政策の強力な武器としてスパイ活動に使ったCIAの記録と、当時の綿密な歴史資料を集めて黒字で伏せられた部分を創作として丹念に綴った一大力作であり、作者ラーラとしての力作である。ちなみにラーラは本名であり、両親が映画『ドクトル・ジバゴ』のヒロインの名前を下に命名したというから、本書もまた運命の一作として熱の入った傑作に仕上がっている。

 本書は、『ドクトル・ジバゴ』原作者のボリス・パステルナークと、愛人オリガ(小説のヒロイン≪ラーラ≫のモデルとなった人物)の圧政下でのスリリングな恋愛を軸とした<東>の物語と、鉄のカーテンの内側に『ドクトル・ジバゴ』の本を持ち込んだ女性スパイたちの動きを軸とする<西>の物語として交互に語られてゆく。

 <西>の物語を受け持つのは二人のヒロイン、ロシア生まれのイリーナと天性の女スパイ、サラ・ジョーンズである。二人は当時のハラスメント、息が詰まりそうな性差別に抗いつつ、『ドクトル・ジバゴ』オペレーションに強く関わる運命に身を投じる。独自のヒューマンでタフな一人称文体で語られる彼女らの人生がずしりとした読みごたえを与えてくれる。

 彼女らの所属するCIAタイピスト部屋の個性的な面々と、ここから世界を動かしに出かけてゆくイリーナらとのつかず離れずの関係もリアルに活写され何とも力強い。作家のペンは繊細かつタフで、時と場を移動しつつ、<東>と<西>の国家的非情さを横目に、個として生きる人間ドラマを紡ぎ出してゆく。

 歴史上の事実に基づいて描かれたスリリングでドラマティックで野心満ちた作品である。高額な翻訳権争いが生じたほどの魅力的な題材であり、映画化も予定されているというが、本書そのものが何とも映像的で美しい時代と季節を背景に、感性に満ちて濃密な美しさを纏う。

 『ザリガニの鳴くところ』の後に読んだ『あの本は読まれているか』、どちらも世界的ベストセラー、女流作家によるデビュー作、密度の濃い内容、とドラマ性。充実する作品群は何とも頼もしく有難い季節なのである。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: エスピオナージュ
感想投稿日 : 2020年5月27日
読了日 : 2020年5月27日
本棚登録日 : 2020年5月27日

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