それは目を奪う絵だった。
薄墨の夜を背景にして紅蓮の炎が舞いあがる。燃えているのは木造の家屋だろうか、炎に照らされて二人の女の顔が浮かんでいる。何を考えているのかはわからない。苦しみを抱えているようでもあり、頬を緩めて、苦しみから解放された安堵の表情にも見える。火焔が起こす上昇気流に揉まれ乱れ舞う桜の花びらが女たちの体を包み込んでいて、見るものを幻想の世界へと誘う。※
全く無名の作家が書いた一枚の絵。凄味と妖艶さを併せ持つ傑作。
小さな出版社で幻想絵画集の発行を企画した彩子は、その取材過程でこの絵に出会う。そして心を奪われる。このを描いたのは誰なのか。
彩子は戦前の池袋に『池袋モンパルナス』と呼ばれた若い芸術家たちが集まった村があったことを知る。若い感性を磨き、切磋琢磨して新しい芸術の波を開こうと苦闘していた画学生たち。この絵はそんな環境の中で生まれた絵だった。
次第に明らかになるのは絵に秘められた一人の才能ある絵描きだった男の執念、そして男に翻弄され、嫉妬と怨念にとりつかれてしまう二人の女。
この絵に描かれた男と女の壮絶な人生とは・・・
芸術に囚われ、愛に囚われ、動乱の時代にのみこまれていった忘れられた愛憎の記憶。
あまりに切なく美しき恋愛文学。
今まで4回読み返した本。
※絵の描写は自分が本文の内容から想像したものです。絵は実在しません。
読書状況:読み終わった
公開設定:公開
カテゴリ:
未設定
- 感想投稿日 : 2011年7月18日
- 読了日 : 2017年4月11日
- 本棚登録日 : 2011年7月18日
みんなの感想をみる