悲劇の誕生 (岩波文庫 青 639-1)

  • 岩波書店 (1966年6月16日発売)
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「君たちはまず此岸の慰めの芸術を学ぶべきだろう、――若い友人たちよ、君たちがあくまでもペシミストにとどまる気なら、笑うことを学ぶべきなのだ。」(28)

――

ニーチェの処女作。
ギリシャ悲劇を主題材とした芸術・音楽論。

ギリシャ悲劇・芸術の本質を、造形芸術である「アポロ的なもの」と非造形的な芸術(音楽)である「ディオニュソス的なもの」の対立・二重性から解釈している。悲劇の誕生は、生と死の耐え難い苦痛を癒やすためのディオニュソス的な音楽・陶酔であり、そこに美しい仮象であるアポロ的な夢が覆いかぶさり、芸術として結実していた。しかし「ソクラテス」に象徴される過度な理性主義・理知主義・科学的認識あるいは「精神」が、ディオニュソス的な悲劇を殺したのだ――というのがニーチェの論旨と思われる。

ニーチェ思想の萌芽を感じる書物。確かにこの本が「論文」として提出されていたのであれば、アカデミックな領域からは黙殺されるだろうなぁという印象。哲学者というよりは思想家、文献学者というよりは詩人に近しいニーチェ「らしさ」が、若き28歳のニーチェからも滲み出ている。文章からニーチェのエネルギーが伝わってくるかのよう。

造形芸術と非造形的な音楽芸術との対比論は、レッシングの『ラオコオン』における造形芸術と文学との対比論ともパラレルで、芸術・美学的に重要なテーマだと思う。民謡において、「詞がメロディーを模倣しようとしてぎこちなくなっている」といった指摘は興味深かった。歌が志向しているのは言葉や詩ではなく、メロディーのほうなのだ。

この時のニーチェはギリシャ悲劇の仮面を「ぶかっこうな」小道具、造形的な仮象にすぎないものと捉えているきらいがあるが、演劇や儀礼における仮面・マスクは、演者が「自己」から忘我・離脱し、超越的存在や芸術表現と一致するための重要なファクターでもあるわけで、その意味でディオニュソス的恍惚との関連は無視できないのではないか、という点は個人的に指摘しておきたい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 美術・芸術
感想投稿日 : 2023年9月18日
読了日 : 2023年7月2日
本棚登録日 : 2023年6月28日

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