腕貫探偵 (実業之日本社文庫)

著者 :
  • 実業之日本社 (2011年12月3日発売)
3.40
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本棚登録 : 1599
感想 : 174
4

腕貫を嵌めた謎の公務員が探偵役となり、お悩み相談を解決する連作ミステリ。特異なキャラクターが探偵役となって解決するという当初抱いたイメージとは違い、腕貫探偵という記号は強烈ではあるものの、キャラクター性には非常に乏しい。その人間性の無さや記号的な探偵を行き詰めた結果、逆に特異な存在となっているのは面白く、腕貫探偵の登場シーンは異世界に迷い込んだような趣がある。解決に乗り出すというアクティブさもなく、常時受け身の安楽椅子探偵ではあるのだが、本作はそれをさらに行き詰めた、謂わば「装置」としての探偵である。完全に答えを出すわけではなく、あえて謎に対する解法、道筋をつけるだけで、推理や真相にたどり着くのは相談者というのが斬新で面白かった。他の探偵小説と比べると特異に映るが、あくまでお客様の私生活に必要以上には立ち入らないという、公務員という領分を越えない振る舞いが徹底しているため、違和感はまったくなかった。

7つの短篇から成る本作ではあるが、事件として一番面白かったのは最初の「腕貫探偵登場」であろう。あとがきにも書いてある通り、死体発見、死体消失、死体移動という3つのアイデアがねじ込まれた異様な作品ながら、解決は鮮やかで示された手がかりを一つも残らず回収する様は脱帽である。導入としては完璧で惚れ惚れしてしまった。

一番インパクトがあったのは「喪失の扉」で、プライドの高い面倒なおじさんの家から発掘された履修届という忘れ物、それを持ってきた理由の喪失という、一見するとつまらない悩み事が、殺人事件へと飛躍する様は予想外でゾッとしてしまった。ささやかな日常の話が、一気に殺人者の隠蔽という暗い記憶を封印した話になる手腕は素晴らしい。冒頭の面倒なウザいおじさんの振る舞いも真相に直結しており、平凡な人間が殺人者になるという話に説得力を持たせている。

「スクランブル・カンパニィ」は部屋の入れ替えという古典的なトリックが最初からあけっぴろげになっており、それが事件を変容させたというのがミソ。余談だが、美人上司に風邪の介抱をされるというのはくっそ羨ましくて、別の意味で美人上司が犯人じゃないことを願ってしまった。オチとしては、美人上司も一枚噛んではいたのだが、倫理的には問題を起こす直前で踏みとどまったのでホッとしている。風邪を引いて無理やり駆り出された主人公という例外がいたおかげで、犯罪を犯さずに済んだというのがいい。美人上司の、惚れた男に尽くす、弱っている男を見ると放っておけない、というのは方便ではなく真実であったというのもスパイスが効いており、あえて小説内でくどくど説明してないのが良かった。なるようにしてなる、というのがこの作者の作品の持ち味なのだろう。「喪失の扉」を読んだ時に思ったことだが、作者は善人に対しては優しく、報われる話を描くので、そこは読んでて安心する部分である。

ただ、難点もちょっとあって『七回死んだ男』を途中で挫折した身であるのだが、その理由が本作を読んではっきりとした。どうにも、この三人称の中に浮ついた一人称が入り交じる文体が読みにくく感じる。他にも似たような文体の作品はたくさんあるのだが、この作者の文体はとりわけそこが鼻についてしまい、描写が頭に入らず何度もページを繰る羽目になってしまった。これはもう好みの問題で、合わないものは仕方がない。ただ、腕貫探偵の正体は気になるため、気が向けば続刊も手に取ってみようと思う。非常に論理的なミステリ短編集で、出来としては文句のつけようがないぐらい面白かったです。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ミステリ
感想投稿日 : 2019年5月29日
読了日 : 2017年2月12日
本棚登録日 : 2019年5月29日

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