アラブが見た十字軍 (ちくま学芸文庫 マ 18-1)

  • 筑摩書房 (2001年2月1日発売)
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現代に続く1000年の対立の始まり。確かにアラブ寄りの視点ではあるが、だからといって汚点を隠すような書き方ではない。西洋人が侵略者らしくアラブの街を襲い残虐な略奪を繰り返す間、アラブは互いに裏切り、足を引っ張り、時にはフランクと通じアラブの街を奪い合う。聖地を開放した英雄として知られるサラディンでさえ、アラブ同士で敵対したこともあったし、高潔だが利害を度外視する気前の良さは、気違い沙汰すれすれとまで評される。対するリチャード獅子心王にしても、粗暴性と無節制とが全面に押し出されていて、アッカの包囲戦では当然のように皆殺しに走る。

そんな混迷の地であったが、対立国への理解を示すことができた人物は稀に現れる。サラディンの弟アル=アーディルは、リチャード獅子心王の義兄弟になる機会すらあったが、その発端はそもそもアラブの内部分裂を誘うための罠であり、フランク側の不義理で同盟が成ることはなかった。だが、その感性を受け継いだ息子アル=カーミルの時代においては、西洋には王座上の最初の近代人とまで呼ばれた神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ2世がいた。互いに相手国の文化を尊重し、対話を重ねることのみが融和への道を開き、ついには1,000年後の今ですら考え難い、一滴の血も流さない聖地エルサレムの共有がなされた。
しかし、偉大な指導者の先進的な方向転換について行けるものは限られている。両者ともに味方の陣営から裏切り者と罵られ、破門され、フリードリヒ2世に至っては絵画や肖像画すら残された数は少ない。

エルサレム、アレッポ、ダマスカス、トリポリ、アッカ。今も紛争が続く各地の怨嗟は1000年前から地続きのものであるのだろうか。限られた数人のみが持ち得た共感の念が民衆に広く浸透するまで、戦いの歴史は続く。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2015年3月27日
読了日 : 2015年3月27日
本棚登録日 : 2015年3月27日

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