勉学も趣味だとする竜太は優等生だが、自分の思想や信念を読者や思索から深めるのではなく、小学校の恩師を行動規範とし、自らもそうありたいという願いから教師になる。しかし、その純心さや素直さが危険にも映る。倣う対象を間違えてもそれが正しいと思ってしまいかねないからだ。言論・思想統制が強まって行く中で子どもたちの範となるべき教師になってからも、竜太は理不尽に声を上げられない。私もこの時代に生きていたら、きっと軍国主義に染まっていただろうと思うと背筋が凍る。教育とは本当におそろしい。子供は大人を見て育つものだ。大人の部類に入った今、私は改めて何が正しい生き方かを自分で選び、そしてその責任を他者に転嫁せずに自分で負っていかなければならないとおもう。そこではこれまで受けてきた教育から全く自由になることはできないにしても、誰かに何かを伝える•教えるときには自分が負う将来の責任にまで思い致さなければならない。竜太は一人一人の生徒を一番に思う教師にも天皇を第一に思う教師にも教わり、自由を謳歌する従兄弟や忍ぶ恋人がいて良かった。竜太は、学校で教わる抽象ではなく、具体に対して心が動くところにも素直な人間であることに安心する。
日本の右に倣えの風潮は、この頃から今でも変わっていないと感じる。内容は普通のことでも、声を上げる者・異を唱える者は目立ち、奇異の目でみられるため、それよりも目立たずに理不尽なことには耐える方がマシだと思う人の割合は未だに多く、多様な考えの存在を前提に、自分の意見を発信し、他者の意見を聞くことの難しさはこの時代と変わりないからだ。そういう意味で、本書の面白さは、竜太を取り巻く、「非優等生」に類する多様な人物像を描いているところにあるようにも感じるのである。
- 感想投稿日 : 2021年6月26日
- 読了日 : 2021年6月25日
- 本棚登録日 : 2021年6月26日
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