獄中記

著者 :
  • 岩波書店 (2006年12月6日発売)
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本棚登録 : 329
感想 : 46

いわゆるムネオ疑惑にかかわり、国策捜査により逮捕された被告佐藤優の、512日間の東京拘置所における「獄中記」である。この時期、国策捜査を赤裸々に描いた「国家の罠」はベストセラーであり、これ以後佐藤は国家シリーズの単行本を何冊か矢継ぎ早に出し、色々な右から左までの雑誌に登場していわゆる論壇を席巻しているように見える。

1.佐藤の本がなぜ面白いか。それは第一に事実の重みである。「国家の罠」でも「自壊する帝国」でもこの「獄中記」でも、実際そこにいた人間にしか分からない事実の衝撃的な重み、すごさがある。東京拘置所の食事のメニューが面白い。結構美味しそうである。新しい拘置所は空調が効いているというのもびっくり。思わず我が家と比べる。

2.第二に、いわゆる博覧強記であるからであろう。クリスチャンである佐藤なので聖書は当然であるが、ユダヤ教、イスラム教(たとえばスンニー派の一つであるワッハーブ派とか)のそもそもに詳しい。仏教にも詳しい。マルクス資本論は言うに及ばず、レーニン、スターリンも読みこなしている。哲学の造詣が深い。佐藤は普通の日本人ならほとんど知らないチェコスロバキアの神学者フロマートカの専門家である。

日本のいわゆる知識人がほとんど(か、あまり)知らないことをよく知っている。知っているだけではなく、それを切れ味のよい包丁のように使い、現代日本、現代の世界をバサッバサッと切っている。これに、ジャーナリストや知識人は結構ショックを受けているようである。

3.「獄中記」は佐藤が、512日間の東京拘置所生活においてどのように過ごしたかということについて、主として読書と思索の側面を記録した日記と弁護団や親しい知人への手紙という内容である。膨大な書籍を読み、ノートは62冊になった。東京拘置所に入ると読書が進み、思索ができると、勘違いしている知識人がいるようである。

4.キーワードがいくつかあるが「大きな力」という語が意味不明である。「大きな力」はある時は国策捜査のアクセルやブレーキを踏む・・・そうすると、つまり首相となるが、しかし、ある時は官邸、外務省、検察の上といっていることからすると、この時は国家という抽象的な概念となり、また別のある時はアメリカのようであり、要するに私にはよくわからない。読者を煙に巻くために意味をわざとずらしているようにしか思えない。だまされてはいけない。
  
5.佐藤はクリスチャンだという。本人がそう言うのだからそれを他人がどうこう言うことはできないが、私にはそう思えない。クリスチャンであるならば「主よ」といって祈るのではないかと思うが、その姿が見えてこない。キリスト教もユダヤ教やイスラム教や仏教と同格にみて、哲学の一つとして研究、考察の対象として使っているだけではないかと思えるのである。神学者であることは確からしい。

6.「主よ」という祈りの代わりに、「国家よ」という姿が見える。国家よチャンとしろという感じである。国家の命運を握ったことがあるというエリート意識が垣間見える。

7.細かいことだが、「中華民族」という言葉をさらりと使っている。この言葉を使う場合は注が必要なくらい微妙なニュアンスがあるのではないか。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2014年5月11日
読了日 : 2014年5月11日
本棚登録日 : 2014年5月11日

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