アハメドくんの いのちのリレー

  • 集英社 (2011年8月26日発売)
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 鎌田さんには『雪とパイナップル』という“ノンフィクション絵本”(実体験に基づく絵本)の著作があるが、本書は“ノンフィクション絵本”の第2弾ともいうべきもの。

 『雪とパイナップル』は、チェルノブイリの原発事故で「黒い雨」を浴び、白血病で亡くなったベラルーシ共和国の少年・アンドレイをめぐる物語だった。鎌田氏は国際医療ボランティア活動でアンドレイに出会い、治療にも携わった。その体験に基づいた本だったのである。

 本書の主人公は、パレスチナの難民キャンプに暮らしていた少年・アハメド。彼は12歳のとき、イスラエルの兵士に狙撃されて亡くなった。
 狙撃されたとき、運び込まれたのはイスラエルの病院。彼が脳死状態になったとき、父親はイスラエルの医師から臓器提供の提案を受ける。

《「提供する側が移植相手を選ぶことはできません。
 国籍も、民族も、宗教も選べない。
 パレスチナ人かもしれないが、イスラエル人かもしれない」》

 父は懊悩のすえ、息子の全臓器を提供する決意を告げる。摘出された臓器は6人の患者に移植されたが、レシピエントは全員がイスラエル国籍だった。
 この出来事は、「父は平和願い 敵に臓器提供」と、美談として世界に報じられた。アハメド少年は「殉教者」として英雄視され、パレスチナの町中にポスターが貼られた。

 鎌田さんはアハメド少年の家族を訪ね、彼の臓器を提供された人々や医師たちも訪ねる。その旅を終えて書かれたのが本書なのである。

 文章は詩的で美しく、安藤俊彦の絵も素晴らしい。世界中の人々に読んでほしいとの思いから、ピーター・バラカンによる英訳も付されている(ただし、英文は要点のみの抄訳)。

 深い悲しみのなか、「憎しみの連鎖」を断ち切る決意をし、崇高な行為に踏み切った父親・イスマイルさんの言葉が感動的だ。

《「臓器提供は、平和を望むわれわれのシグナルだと思ってほしい」

「大切な人やものを奪われたとき、その相手に報復すれば憎しみの連鎖に巻き込まれてしまう。
武器を手に戦うことばかりが、戦いではありません。
戦い方は、いろいろあるんです」

「海でおぼれている人に
『国籍は?』『民族は?』『宗教は?』
なんて聞かないでしょう?
私はただ、人間として正しいことをしただけです」》

 もちろん、長年の間に降り積もった憎しみが、一朝一夕に消えるはずもない。臓器提供を受けた側の家族の中には、「感謝はしても、パレスチナ人とは友達になれない」と言う者もあったという。
 また、アハメド少年の心臓をもらった少女の母親は、次のように言う。

《「娘が心臓移植を受けて元気になったとき、
イスマイルさんの家にお礼を言いに行きたかった。
でも、検問所を通れなかった」》

 そのような悲しい現実はあれど、イスマイル氏が投じた一石は、世界に大きな波紋を広げつつある。本書も、その波紋をさらに広げていくことだろう。
 『雪とパイナップル』と並んで、後世に残り得る一冊。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクション一般
感想投稿日 : 2018年11月1日
読了日 : 2011年9月7日
本棚登録日 : 2018年11月1日

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