沈黙の春 (新潮文庫)

  • 新潮社 (1974年2月20日発売)
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感想 : 339
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とても有名な本。科学読み物としてもめちゃくちゃ面白いし、そのへんのホラー映画を観るよりも確実に面白かったです。

読んだきっかけは『&プレミアム』読書別冊号にカーソンの『センスオブワンダー』が載っていたこと。実家の本棚にあった『沈黙の春』を引っ張り出してきた。

だいたい高校生以上ぐらいの推薦図書としてよく挙げられています。有機化学や窒素固定や根粒菌の話などがあるので、高校生からの方がより興味が持てて面白いと思う。私の脳内では石牟礼道子の『苦界浄土』や、有吉佐和子の『複合汚染』と同じフォルダに入っている。中学生の頃、学校の図書館に『複合汚染』の下巻しか置いてなかった……という思い出が。『沈黙の春』を知ったのはもっとずっと後。

「DDTをはじめ有機化学合成された殺虫剤や除草剤の危険性を訴えた本」云々とよく評されるけど、私の捉え方だとちょっと違って、もっと根深い問題を感じる。

読んでいくと、この本のデータが取られたのは50年代初頭、51〜3年頃からのものが多いことに気づいた。映画のレビューでもよく書きますが、当時のアメリカは無茶苦茶だった。この本を読んでた頃、100分de名著でブラッドベリの『華氏451度』(1953年)をちょうど放映していて、執筆された当時の時代背景がしっかりと解説されていました。

化学と農業の関係で私が知ってるのは、ハーバーボッシュ法のフリッツハーバー。(説明が難しいけど、有機肥料と有機合成の殺虫剤や除草剤は意味が異なるのに注意。化学肥料はほとんどが無機肥料)ハーバーボッシュ法は多くの人を飢餓から救ったけど、同時に火薬に転用される技術だったし、ハーバーはその後毒ガスという、効率的に人間を殺傷する兵器を開発した。無機、有機ともに化学と戦争の縁は切っても切れない。

カーソンも書いているけど、有機合成された殺虫剤を使用した結果、広範囲の人体実験をしたのと同じことになったと思う。これで思いつくのは、広島長崎の原爆であり、同様に当時のアメリカでは国内の砂漠地帯で水爆の実験をしていたこと。砂漠以外でも、有名なのがビキニ環礁での第五福竜丸事件(1954年)。

『華氏451度』のブラッドベリ原作の映画が1953年の『原子怪獣現る』。原作では怪獣が出現したのは核実験が原因ではなく、映画版で追加された要素だそうだけど、当時の雰囲気が伝わってくる。言うまでもなく、この映画と第五福竜丸事件の影響で作られたのが1954年の『ゴジラ』。

カーソンがこの本で書いたのち、米軍はベトナム戦争で枯葉剤のTCDDを使い、奇形児が生まれ、帰還兵も含めて健康被害を受けた。

核兵器、細菌やウィルスなどの生物兵器、毒ガスなどの化学兵器。これらABC兵器に共通する恐ろしさは、「目に見えないこと」だと思う。これは、震災からの原発事故や、現在のコロナ禍で我々が直接体験している恐怖なので、想像に難くない。環境問題だとマイクロプラスチックなんかも同様だと思う。


話を『沈黙の春』に戻して。
有機合成された殺虫剤や除草剤が使われた根源的な理由は、行き過ぎた資本主義だと思う。効率や利便性、経済成長の追求。公害問題の根っこは基本的に同じ。これのさらに根源的な理由を考えると、人間の欲望の結果であって、脳が、ドーパミンが……と脳科学の話にまで行き着いてしまう。

あと、どう考えても殺虫剤が原因なのにそれをすぐにやめられないのは、アメリカが訴訟大国だからなのかなと。非があることを認めちゃうと賠償しないといけなくなる。原爆についても同様。それと、サンクコスト効果(コンコルド効果)とか……。


この本を読むと絶望的な気持ちになってしまうが、最後にカーソンがきちんと解決策を提示しているのがよい。しかし、あとがきにも書かれているように、解決策にしても人間が環境に手を加えることに変わりはないので、結局はイタチごっこになる可能性も高い。
(新型コロナの発生源と言われてるのが、ウィルス研究所からの流出説を除くと、コウモリ由来だそうで。結局は人間が自然環境に干渉したり生息環境に踏み込んだりした結果。と、switchインタビューで五箇公一先生が言っておられました。タイムリーな番組。あと、五箇先生の趣味は怪獣のソフビ集め。笑)

人間目線で読むと絶望的な気分にしかならないので、途中から駆除される側の昆虫、魚や鳥など地球目線で読むことにした。「自然たちよ、環境をナメきった人間どもに逆襲せよ!!」と。『エイリアン2』で、エイリアンにやられる海兵隊を見てザマァとなるのとまったく同じ。

たしか香川さんの『昆虫すごいぜ!』で知ったけど、昆虫などは世代交代が早いので、驚異的なスピードで進化し、環境に適応する。人間は2〜30年で子供を産み、6〜80年ほどで死ぬから、進化が追いつくはずがない。
この本でも、殺虫剤を使っても虫たちは耐性がついてしまって、人間は結局自分で自分の首を絞めるだけ。

有機化学のみならず、経済や脳科学など、色んな問題が複雑に絡み合っている。この本が出版された頃よりも、科学技術は飛躍的に進んだ。地球環境は悪くなる一方だけど、人類に叡智があるなら、少しずつでも解決できないか。我々一市民にもできることはあるはず。課題図書というより、人類の課題そのもの。
読書は、人間の考え方に影響を及ぼす。カーソンのこの本はケネディが読み、アメリカ政府を動かした。そんな力がある。

注:とはいえ60年以上前の本なので、現在の定説だと間違っている点もあるかも。全てを鵜呑みにせずに、思考の手助けにするのが大切。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクション
感想投稿日 : 2022年1月7日
読了日 : 2021年12月28日
本棚登録日 : 2021年5月25日

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