町でいちばんの美女 (新潮文庫)

  • 新潮社 (1998年5月28日発売)
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感想 : 112
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ブクログを始めた頃から読みたかったブコウスキー。紆余曲折あり他の本を読みつつ、10年かかってようやく読んだ。想像以上に面白くて、最高だった!ゲラゲラ笑いながら読み、そしてしんみりした。

今回ようやく手を出したきっかけは、火野正平。『こころ旅』で中高年のアイドルになった正平さん、私も好きになったのはこの番組を観てから。初めて正平さんを知ったのは、たぶん小さい頃に観てた『長七郎江戸日記』。あれで野川由美子さんや高品格さんも知った。長七郎は、当時の小学生はけっこう観てたんですよ。
70年代の『新必殺仕置人』『必殺商売人』を観てから、火野正平という人は実はめちゃくちゃ凄い俳優なんじゃないか?と思うようになった。

『こころ旅』のスペシャルかなにかで、正平さんが座右の銘にしてる好きな作家の言葉と仰ってたのが、「考えるな、反応しろ」。調べるとブコウスキーだった。
すべてがつながった気がした。
正平さんの、あのボヘミア〜ンな雰囲気。必殺シリーズや『芋たこなんきん』で見せる、ほとんど演技をしておらず、ずっと同じという自然体の演技。


このままでは火野正平のレビューになってしまうので、ブコウスキーの話に戻しましょう。

元々は『勃起、射精、露出、日常の狂気にまつわるもろもろの物語』というタイトルの短編集を分冊したのが『町でいちばんの美女』と『ありきたりの狂気の物語』。今回読んだ『町でいちばんの美女』は約500ページ、短編30本を収録。それぞれ長くても20ページほどであっという間に読み終えるので、短編集は読みやすくて良い。

読んだ感触は「アメリカのホラ文化」「落語」「セックスありで下品な星新一」という感じ。説明するのに万能な星新一。ほかに、リチャードマシスンやフェリーニの『アントニオ博士の誘惑』、ペドロアルモドバルの映画っぽいなと思った。

映画でも小説でも、セックスをちゃんと描くのはとても重要だと思う。もちろん描く必要がなければ描かなくても良いが、セックス自体が人間の重要な要素なので、よりリアルになる。
以前も書いたがSwitchインタビューでムツゴロウさんが五十嵐大介に対して「セックスを描いてないでしょう?」と指摘していたのが忘れられない。ムツゴロウさんは東大理学部卒でめちゃくちゃ頭が良い。

下品と書いたが、品性と知性は比例も反比例もしない。相関関係はない。よって、品性はないが、知性は大いにある。それがブコウスキーだと思う。

星新一的なSF・不条理・風刺作品もあれば、爽やかな話もある。競馬に勝った時の話だが。しかし基本的には社会から外れたオッサンの話。競馬場で負けてゴロゴロしている人たち。とにかくやることがなくずっと酒を飲んだり。本当にエグい話は1本だけ。
メモ的に、『レイモン・ヴァスケス殺し』という話は、実際に起きたハリウッドスターのラモンノヴァロ殺害事件をモデルに書かれている。

ミソジニーと言われることもあるブコウスキーだが、それは違うと思う。今からはだいぶ昔の60年代に書かれており、ブコウスキーはブコウスキー目線で「女を愛していると同時に、愛していない」と思う。そうでなければ晩年にリンダさんと結婚しない。この短編集には太った女性と一時的に同居してセックスする話もある。セックス至上主義!ブコウスキーは正直だ。

原書で読んでないのでわからないが、ブコウスキーもヘミングウェイと同じく、革新的な文体だったのではないだろうか?と、訳者の青野聰さんの解説を読んで思った。パルプ雑誌、アングラ新聞……くだけたアメリカの口語。この本のブコウスキーの文章から知性を感じるのは、青野訳によるところも大きいのかも。1994年3月、この日本語版の刊行と同時期に、ブコウスキーは亡くなった。

ブコウスキーの顔を想像しながら読んだが、フォロワーのトムウェイツや、ギレルモデルトロ作品やジャンピエールジュネ作品常連の、ロンパールマンの顔がどうしても浮かんでしまう。

もうひとり、ブコウスキーが脚本を書いた『バーフライ』のミッキーローク……ミッキーロークといえば『ハーレーダビッドソン&マルボロマン』や猫パンチで一度キャリアが完全にダメになったが、『レスラー』で再び評価される前に、ロバートロドリゲスの映画に起用されていた。ブコウスキー像に一番近いのは、『シンシティ』の時のミッキーローク。


自分にとっての良い読書は、「セックス、ドラッグ、ロックンロール」に匹敵する。変な意味ではない。読んだあととても充足し、幸福な気分に包まれる。

ブコウスキーや、他の作家…例えば太宰治や三島由紀夫は、「青春時代にカブれるもの」だと言う人がいる。だが、私はそれは大きな間違いだと思う。

わかる奴にはわかるし、わからん奴にはいつまでもわからんのだ。これはけして選民思想ではない。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2022年9月1日
読了日 : 2022年8月30日
本棚登録日 : 2022年8月22日

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