出だしは登場人物多くてめんどくさい?とか思ったけれど、徐々に徐々に、これこれ、これだよ、小説ってのはこういうのだよ、と思いながら読み進めた(一つ前に読んだ別の著者の小説が個人的にハズレだったので)。
一言で言ってしまえば「ちょっと変わった間取りの一つの部屋に別々の時期に暮らした13の人たちの話」なんだけど、そこにある些細な出来事や日常をすくいあげるのが、私の読みたい「小説」にドンピシャだった。
タイトルページと目次が第一話のあとにあるという造本の工夫もいい。
それぞれの章ごとにテーマがあって(シンクだったり風邪だったり、テレビだったり)それに沿ったそれぞれの住人たちの話が書かれている。
具体的なテレビ番組なども組み込まれて人物像が作られている。
ぐっと引き込まれたのは「第五話 影」からで、以下気に入った部分。
・もう、キムタクみたいにモテたい、女に騒がれたいだなんて思わない、それより、ドラマの中で描かれるこの二人の「仲の良さ」が保には羨ましい。年を取ればとるほど、人は誰かと仲良くなれない。(p.94)
・もしかしたら、今から自分は「誰か」と「仲良く」なれるかもしれない。そんな風な予感の、入口を一瞬見た。(p.96)
(ホームセンターへ行った睦郎)
・「どう生きてもいい」「どのようにも生きられる」と睦郎は言葉でなく肌で感じた。(略)それはたとえば(同じようにお金をかけることとはいえ)高級な既製品をただ買ったり、誰かに作業してもらうこととはまるで別の豊かさだ。なんというか「自分が生きている」のだ。(p.98-99)
その人の性格や、大袈裟に言えば生き方は暮らしの中の些細な部分に現れるのだな、とか、暮らしの中の些細なことから人生についてふと考えてしまったりするんだよな、ということが淡々とした日常の中にぽつりぽつりと書かれていて、大袈裟ではなくて、地に足がついている感覚がとても好きだ。
重なっていく日常を描く方が、非日常を描くよりも難しいことだろうから。実際の人生だって、9割の日常と1割の非日常だから。
新生活の始まるこの時期に読めてなおよかった。
- 感想投稿日 : 2021年3月28日
- 読了日 : 2021年3月28日
- 本棚登録日 : 2021年3月28日
みんなの感想をみる