返事はいらない (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1994年11月30日発売)
3.33
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本棚登録 : 5350
感想 : 353
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初期の短編集。単行本は1991年9月(29年前です!)、文庫は1994年12月の出版。
自分にとっては初めて手にした宮部作品の中の1冊。

連作ではない、普通の短編集です。今回再読しましたが、キャッシュカードの暗証番号の仕組みを長々と解説したのが印象的だった「返事はいらない」と、お話の雰囲気が前半と後半で引っ繰り返る「ドルシネアへようこそ」の2本はぼんやりと印象を覚えていました。

全体的にちょっと古さを感じます。
携帯電話やSNSがないこと、ディスコやクレジットカード破産など世相を反映した小道具や時事、そして登場人物の言葉遣いや物事の価値観など、致命的ではないものの読者の年齢によっては馴染みがないものが多く出てきて読みにくいかもしれません。。
また、お話に比べて仕掛けが大袈裟すぎることや、ご都合主義など、綻びも見えてしまいます。

でも、宮部みゆきの初期の作品は、たいていの場合は主人公が幸せになります。読後感が明るくて安心して読めるし、人にも勧めやすいと思います。欠点を補って余りある大きな長所です。

以下、各話に一言ずつ。
気を付けますが、ネタバレあります。

「返事はいらない」
表題作。
キャッシュカードの暗証番号を照合する仕組みを長々と解説しているのが違和感があって印象に残ったからか、読んだのがずいぶん昔だったにもかかわらず薄っすらと覚えていました。
これは邪推なのですが、「でたらめに設定したはずの偽造キャッシュカードの暗証番号が、本物のキャッシュカードの暗証番号と同じだった」というネタを最初に思い付き、そこから全体を考えていったんじゃないかなあって思います。でなければ延々と説明セリフをしゃべらせてまで暗証番号の仕組みをお話の骨組みに据えることはないんじゃなかろうかと思うのです。

一旦は逮捕を覚悟した後の展開で、千賀子さんがしっかり痛手から立ち直っているのが窺えて一安心。

「ドルシネアへようこそ」
印象的なストーリーです。ミステリにどんでん返しはつきものですが、手の届かない場所として自虐的に掲示板に書き込んでいたこの言葉と、ラストの同じ言葉の印象が180度引っ繰り返っていて、これも一種のどんでん返しだな、いや、同じ物事の見え方の問題なのでコペ転(コペルニクス的転回)かしら、なんて感心しました。
速記検定が出てくるあたり、珍しく作者本人の体験が反映されているようです。

「言わずにおいて」
主人公長崎聡美がセクハラ課長に向かって切った啖呵が見事です。あと、清掃のおばちゃんが妙にハードボイルドっぽくて楽しいです。
あと、美容院が大きな手掛かりとなりますが、これはこの後の「裏切らないで」や長編の「レベル7」にも出てきます。初期のお気に入りのプロットだったのかもしれません。

…と、いいところを探してみましたが、全体的にご都合主義が鼻について楽しめませんでした。
夜、単独事故で横転して炎上するほどのスピードを出している車を運転している人について容貌や表情をそんなにはっきり目にするなんてそもそも無理でしょう。逆に、この場面で単独事故で横転して炎上するほどのスピードを一般道で出しているのは不自然です。

「聞こえていますか」
嫁姑間に止まらず、実の親子間でも「何となく合わない、距離をとったほうがうまくいく」ことがあるのは実感として、子供の側からの実感としてよくわかります。

一方で距離を取られた親としては、謹厳実直で頑固な男性の孤独な老後なわけで…とても読み応えのある「鴻上尚史のほがらか人生相談~息苦しい『世間』を楽に生きる処方箋」 にある「隠居後、孤独で、寂しくてたまりません(66歳 男性 有閑人)」を思い出しました。
孤独や寂しさを痛感しつつも、それをどうすべきかわからない辛さを、人生相談に投稿する人がいます。その反面、距離を取られたことで落ち着いたのか、かえって関係が改善する人もいます。

そして、中には、盗聴器を仕掛けて相手の本心を知ろうとする人もいる。

そこまで行動力があるんだったら、我が子との関係を構築し直すこともできたんじゃないかな。

「裏切らないで」
真犯人に気が付いた経緯といい、探偵役がかけた罠といい、本書で一番「推理小説」っぽい作品。短い中できれいにまとまった一編で、自分は本書ではこれが一番気に入りました。

カードを使いまくり、部屋中督促状まみれだった被害者の様子は、後の「火車」を思い起こさせます。若さを武器に、北千住でも田端でも世田谷でもない「東京」の住人として暮らしている女を、若さを失いつつあるかつての住人が突き落とす…、でもその「東京」が幻に過ぎないことを、「丸顔眼鏡の201号」が体現しています。

ところで、本作の探偵役は、名前は「加賀美敦夫」ですが、通称は「ガミさん」。「模倣犯」や「R.P.G」の武上悦郎(たけがみ えつろう)のあだ名と同じです。
「ガミさん」という呼び方にこだわりや、もしかしたら憧れみたいなものがあるのかもしれません。

「私はついてない」
中身が薄っぺらでミーハーであろうと、ついてないことを人のせいにしない人は嫌いになれない。一言でいうと逸美姉さんは「憎めない」人ってことでしょうか。

でも、憎めない人は競馬で負けて職場の先輩に50万円の借金をしたりしない(しかも再三の督促にもかかわらず返済をしていない)だろうし、男子高校生が香水に詳しすぎたりするのも不自然だしで、やっぱり仕掛けが大袈裟すぎるように思えるのです。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 宮部みゆき
感想投稿日 : 2020年6月11日
読了日 : 2020年6月11日
本棚登録日 : 1995年3月29日

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