あかんべえ(下) (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2006年12月22日発売)
3.84
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本棚登録 : 3819
感想 : 287
4

宮部みゆきの長編時代小説。

以下にネタバレがあるかもしれないので、いらんことを書いて間隔を空けておきます。

宮部みゆき作品の「既読未レビュー」最後の1冊。

ブクログを始める前から持っていた本は再読してレビューを書くという方針で実際の本棚と蔵書リストとしてのブクログの本棚の整理を、とてもゆっくりですが進めています。
そんな中で「実際の本棚にあるけどブクログにレビューしてない」本を自分では「既読未レビュー」と呼んでいます。
たくさんある実際の本棚の本を、作家一人ずつ、リストアップしてブクログの本棚に並べ、再読し、レビューもしていこうと、最初に手を付けたのが宮部みゆきで、その「既読未レビュー」がこの1冊でようやく終わりました。
積読が多くある中、いちいち再読することにはじめはちょっと躊躇していましたが、初読からずいぶん時間が経っていることや、ストーリーの先が気になって斜め読みや飛ばし読みをする癖があることなどから、再読であってもほぼ初読と同じ新鮮な気持ちで楽しめています。

既読未レビューの次はお馴染み「積読」の高い山が待ち構えています。この山を越えた先に、ようやく、読んだ覚えがあるのに手元に本が無い「既読未所持」、そして純然たる「未読」の本を大手を振って買うことができます。その買うべき未読すらなくなって、新刊を心待ちにしている状態を「追いついた」状態、だと思っています。

宮部みゆきに「追いつく」までまだまだかかりそうですし、他の好きな作家に「追いつく」ことを考えると気が遠くなりそうです。

と、これぐらい空けておけば大丈夫でしょうか。
閑話休題。

この「あかんべえ」、文庫では上下巻に分割されて刊行されています。
上巻では主人公おりんのこと、おりんの両親が経営する料理屋ふねやに現れる「お化けさん」たちのこと、そして、そのおばけさんたちにふねやの最初の宴席が滅茶苦茶にされ、それを逆手に取ろうと企画された「お化けくらべ」の席での大騒動などが語られました。

そして下巻。
15年近く前に読んだものの再読ですが、印象的なエピソードをしっかり覚えていました。

「お化けくらべ」の片割れ、白子屋のお静の父長兵衛が女中に手を付けて産ませた娘おゆう。母娘揃って白子屋を追われたことを恨み、「おばけくらべ」にちょっかいを出すべく、お静のふりをしてふねやを訪れます。「お化けくらべ」がさんざんな結果となった後は情夫に匿われていましたが、その情夫を手にかけて岡っ引きに捕らえられ、お調べの前にふねやに連れてこられます。

まずはここまでがものすごく消化不良です。消化不良さを覚えていたのですw。

おゆうの恨みはわかりますが、「お化けくらべ」をどうしたかったのか。
ぶち壊しにして白子屋とお静に恥をかかせて留飲を下げたかったのかもしれませんし、金を引き出したかったのかもしれませんが、事前にお静のふりをしてふねやを見て回っただけで、特に「お化けくらべ」の邪魔にはなっていません。何かをネタにして白子屋を強請っているわけではありませんし、匿っていた情夫を手にかけてしまった動機も説明されていません。
初読の時は自分の「先が気になって斜め読みをする」悪い癖が出たかと今回改めてじっくり読んでみましたが、相変わらずきちんとした説明はありません。

このもやもやが15年越しで胸につかえていました。今回きちんと読んでも解決しなかったので、「もやもやするエピソードがある」本だとして記憶に刻むしかないようです。

一方で、そんなおゆうが亡者と化した銀次を前にして、人間としての尊厳を守った振る舞いをしたところも、結構鮮明に覚えていました。自分たち母娘を打ち捨てて顧みなかった白子屋長兵衛に面罵され、腹違いの妹であるはずのお静に軽んじられ、番所に引っ立てられてその後死罪となるであろうことも十分に予想される。そんな、理不尽に何もかも奪われたおゆうであっても、亡者と化して恨みを晴らすのを思いとどまりました。
死を目前にしながらも人間でなくなることを拒絶する強さ、「お前の取り分は残っていない」という言葉の悲しさ…。今になって初読の時の気持ちまで蘇ってくるようです。

実は、印象に残りすぎてこれがエンディングだと思い込んでいました。正直なところ、再読後の今でも、大団円のはずの興願寺の住職のエピソードが霞んでしまうくらいだと思います。

さて、おゆうを巡るエピソード以外の全体を通して言えば、ハッピーエンドっぷりがすごいと思います。
たくさんある引き出しから取り出したキャラクターが生き生きと物語を紡いだ結果の大団円です。悪く取れば「お約束」ですが、この頃の宮部みゆきの作品に関しては「王道」の言葉が似合っているように思います。
「お化けさん」たちの行く末はもちろん、「おつた」の処遇、島次の息があったこと、そしてヒネ勝の未来といった脇役たちの結末も、どれもこれ以外にはあり得ないと思えます。最初からこうなる以外の道はなかったと思わせるような舞台であり登場人物なのです。
初期から中期にかけての作品をたくさん読んだ自分にとっては、だから宮部みゆきは「人情もの」の人。どんなキャラクターにも救いが用意され、読者はラストで心が温まる思いができる…。
そんな甘っちょろい思いは、近作(といっても杉村三郎シリーズくらいしか読んでいませんが)がこの王道から一歩も二歩も踏み出しているのを読んでバラバラにされました。他の近作も読むのが楽しみです。

加えてもう一つ言っておきたいことがあります。宮部みゆきの時代小説の読みやすさについてです。時代ものにありがちな読みにくさがまったくありません。

文章が平易でわかりやすいというのももちろんですが、それ以外でも、例えば登場人物の名前が読みやすさに貢献していると思います。

時代小説の登場人物って、官職付(掃部頭とか、筑前守とか)で幼名があったりするとすぐに誰が誰やら分からなくなりがちです。でも、本作の登場人物は、官職どころか苗字にすら縁の無い町人ばかりです。出てくる名前はおりんだったり七兵衛だったりと目に優しく頭に入りやすいものばかり。もっとも、本作には「お」で始まって全部で3文字の女性キャラが多く(おりん、おつた、おさき、おゆう、おたか、おみつ…)、これはこれで誰が誰やら状態だったりするのですが…。

加えて、日常生活や価値観が現代に寄せられていること。登場人物は現代の人が大切にしているものを大切に考え、現代の人のように振舞います。
説明されなくても登場人物の行動がすんなりと頭に入ってきます。
尤も、犬の扱いだとか…首に縄を付けて「散歩」につれていく描写は冷静に考えると疑問符が付きますが、現代的な価値観の宮部江戸の中では、そんなもんかな、と読み流してしまえます…。見てきたような嘘のつき方が本当に上手です。


さて、次に読む宮部作品からようやく積読崩しに入ります。
「人情もの」に慣らされてしまった先入観を打ちのめされるのが楽しみで仕方がありません。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 宮部みゆき
感想投稿日 : 2020年10月26日
読了日 : 2020年10月26日
本棚登録日 : 2004年5月5日

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