色町・芝居町のトポロジー 「悪所」の民俗誌 (文春新書 497)

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  • 文藝春秋 (2006年3月20日発売)
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近世の「遊郭」論を展開する際には、どうしてもその源流となった中世の「遊里」まで遡らなければならない。『万葉集』に出てくる「遊行女婦(あそびめ)」をはじめ、「傀儡女(くぐつめ」(でく。かいらい。歌などに合わせて舞わせる操り人形)や白拍子(しらびょうし)と呼ばれた中世の遊女の原像を抜きにして、近世の遊女論を展開することはできないのだ。p42

1.中世の遊女が身に帯びていた「性愛をめぐる聖性」も問題。2.卑賤の出自とされていた遊女が、なぜ法皇や貴族に愛されたのか。3.その遊女が後世になると、なぜ「廓」に隔離されて女郎・娼婦・売女と呼ばれるようになったのか。p42

もともと「河原」は、葬送や穢れを祓う禊祓(みそぎはらえ)が行われるので、俗世と冥界をつなぐ境界とされた土地だった。各地を漂白していた芸能者が、特性の土地へ移住して興行できるきっかけになったのも、京の四条・五条河原をはじめ各地の河原での興行が成功したからだ。p65

平安期では、天皇・貴人と交遊し相枕した遊女か数多くいた。その当時は、「性」は大自然の神々の粋な計らいと考える太古からの思想が、なお色濃く残っていた。歌舞にすぐれ、容姿すばらしく、交合の術に長けた遊女たちは、その胎内に聖性を宿しているとみられていたのである。その聖性が消えていって、しだいに賎の領域に反転していくのは、室町期に入ってからである。p73

白川静の『字通』でみると、「遊」の原義は「神霊の宿る旗を押し立てて歩き回る」意である。つまり「遊」は、もともとは漢字文化圏では、シャーマニズムに発した言葉であった。そこから「遊」には、「移動すること」「逍遥して楽しむこと」「自由な境涯を生きること」などの意味が派生したのであった。p110

善阿弥のように「山水(せんずい)河原者」と呼ばれた作庭家が現れた。今日では国宝になっている京都の竜安寺の石庭も、彼らの一党が創造した名庭園の一つとされている。庭園設計の技能は、方位をはじめ陰陽道の奥義を深く関わっていた。彼らは陰陽道にも通じ、貴人からもその技能は高く評価されていた。p126

近世では、それぞれの身分によって生業と役務が違い、その生活様式も日常的な社会的規範も異なっていた。したがって、お互いに入り交じって混在したり、親しく交際することはなかった。身分制度とは、そのような区別と差別を基本として統治システムだった。しかし「悪所」だけは、身分ごとに区分された居住区とは違った、一種独特な特異な都市空間として発展していった。その特異性とは、どういうものなのか。

第一、「遊里」「芝居町」は、誰でも、その身分や職業をいちいち問われることなく出入りできた。各地から多種多様な人々がやってくるが、その目的もさまざまだ。余暇の享楽を求めてやってくる者もいれば、仕事を探しに来る者もいる。雑踏に紛れて身を隠そうとするお尋ね者もいる。第二、実名を名乗って出入りするわけではない。地縁。血縁関係で堅く結ばれていた地域共同体とは違って、きわめて匿名性の高い空間だった。第三、「悪所」は新しい文化情報を発信する「場」になっていった。歌舞伎・浄瑠璃で上演された狂言は、たちまち町中の噂となって広がった。第四、遊郭の有名な遊女の評判と、すぐれた役者の演技・役柄は、直ちに「遊女評判記」「役者評判記」として出版された。p174

悪所は、制度化された「秩序」を破壊し、内側から既存の体制を突き崩していくさまざまな要素が、集積される「場」になっていったのである。p175

上層身分は、河原者の演じる芝居小屋におおっぴらに出入りすることは禁じられていたが、下層の庶民にとっては、「悪所」を息抜きできる数少ない自由空間だった。そこには芝居小屋をはじめ、低料金で木戸をくぐれる見世物小屋、そしてヒラキと呼ばれる大道芸の小屋までズラリと並んでいた。民主の側からすれば、権力は日常的に強制されている身分的束縛から、いくらかでも逃れられるのが「悪所」だった。どこに逸走するか分からない危険性と、反秩序的な「何ものか」を潜めていることを、民衆は本能的に嗅ぎ取っていたのである。そして、そのような舞台を産み出すのは、遊行漂白の神人の面影を宿す「役者」が、本来的に持っていた呪術的パワーだった。さまざまに考案された舞台装置。そして衣裳と化粧による呪術的な変身によって、権力者が思い描くことのできない新しい<悪の美学>を創出していったのである。p181

私は「悪所」論の根本は、<悪><遊><色><賎>の四つの観念のキーワードとして全体的に解明せねばならない。p230






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カテゴリ: 河原者
感想投稿日 : 2009年8月8日
本棚登録日 : 2009年8月8日

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