絶叫委員会 (ちくま文庫 ほ 20-2)

著者 :
  • 筑摩書房 (2013年6月10日発売)
4.06
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感想 : 177
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絶妙の「1人VOW」

うちの近所に、本も置いている、ちょっとおしゃれなドラッグストアがあります。本の数自体は少なめで、ビジネス書、自己啓発書、料理本なんかが中心。近くの会社に勤めてるサラリーマンやOLがターゲットなのかな、という気がします。小説とかエッセイとかも少しは置いてるんですが。
 ここで見つけたのが穂村弘『絶叫委員会』(筑摩書房)という本。早い話が、「一人VOW」。歌人である著者が、日常生活の中で見聴きした変なフレーズ、印象的な言葉を集めたエッセイ集です。
 たとえば、著者の知り合いのNという人物が自殺した時、集まった友人の一人が言った言葉。

>「Nが生き返るなら、俺、指を4本切ってもいいよ」

 なぜ4本かというと、「それ以上はギターを弾けなくなるから」だとか。死んだ友人を悼んでいる心境は伝わってくるんですが、それでもギターが優先か……と、何やら微妙な雰囲気になります。
「世界を凍らせる言葉」という章に出てくるのは、著者がAさんという知人の女性と数年ぶりに会った時の挨拶。

>ほ「久しぶり、お元気ですか」
>A「堕胎しました」

 確かにこれは凍ります。つーか、数年ぶりに再会した人にいきなりこんなこと言われて、どんなリアクションを返せばいいんでしょうか。
 あるいは、「天然」という章で紹介されている、江戸川乱歩ファンのこんな言葉。

>「怪人二十面相はこんな油断しないと思うんだけど、でも、江戸川先生が書くからには本当なんだろうね」

 いや、分かる。言いたいことは分かる。でも変だ!
 有名人の発言も出てきます。たとえば、「銀髪の吸血鬼」という異名を持つ悪役レスラー、フレッド・ブラッシーのエピソード。ある時、母親から、「リングの上の怖ろしいお前と、私の知っている優しいお前、どっちが本当のお前なの?」と訊ねられたブラッシー、こう答えたそうです。

>「どちらも本当の私ではない」

 うわああああ、これはすごい! 「どちらも本当の私だ」だったら、さほどインパクトないんだけど、「どちらも本当の私ではない」と言われたら、どうしたらいいのか。じゃあ本当のあなたって何なの? と想像すると不気味です。
 あと、上手いのは著者のツッコミ。さすが歌人だけあってか、いろんな言葉に対するセンスが鋭いんです。
 たとえば、あるレストランの入り口にあった「テレビで紹介されました!」という貼り紙に対して、こうツッコミます。

> 気持ちはわかる。でも、そこはなんとかこらえて、せめて「!」はやめようよ、などと思う。雑誌の切り抜きが貼られていることもあって、それが読めないほど色褪せていたりすると、さらにさみしい気持ちになる。

 あるある!
 あるいは、著者が下北沢で聞いた「日本人じゃないわ。だって、キッスしてたのよ」というおばさんの声。

> 私の心に様々な思いが一気に押し寄せる。
> でも、結論は「まあ、いいや」だった。
> 個人的には「それ、ちがうでしょ、いろんな意味で」と思うけど、でも、わかって貰える気がしない。
> どうしてもわかって貰わなくちゃいけないわけでもない。
> そのことに、ほっとする。
> 良かった。
> 見ず知らずのおばさんで。
>「キッスはしたが、ふたりは日本人である(たぶん)」ことを彼女に納得させる係が私じゃなくて。

 この感覚も分かるなあ。
 著者はこういうおばさんのような人を、「載せているOSが古い」と形容します。キスを「キッス」と言ったりするのは、辞書ソフトを新しくするだけではだめで、OSの入れ替えからやらなくちゃいけないのだと。言い得て妙です。
 ウルトラマンの話も出てきます。

> 技といえば、初代ウルトラマンの「八つ裂き光輪」も良かった。それ以降、彼ら(正義の味方たち)の必殺技は「アイスラッガー」「メガトンパンチ」「ブレストファイヤー」のように、どんどんカタカナっぽくなっていったから、「八つ裂き光輪」はその点でも貴重だ。(後略)

 ごめんなさい。今、「ウルトラスラッシュ」という名前になってます(笑)。
 ただ、著者の言語センスにも、ちょっと文句をつけたいところがあるんですよね。
 大学時代の同級生のムロタという人物のエピソードを紹介した後、こう書くんです。

> ムロタ、恰好いい奴。下の名前が思い出せない。

 これはすごい、と僕は感動しました。べつに韻を踏んでたりするわけでもないのに、妙にリズミカル。褒めた後で「下の名前が思い出せない」と、さらっと落とすのも見事じゃないですか。
 ところがその後がいけない。著者は次々とムロタのエピソードを紹介し、そのたびに「ムロタ、美しい奴。猫が好きだった」とか「ムロタ、眩しい奴。冥福を祈る」などとつけ加えてしまうんです。しかし、どれも最初のやつに遠く及ばない。
 うーん、もったいない。最初の「ムロタ、恰好いい奴。下の名前が思い出せない」だけでやめておけば良かったのに。
 たぶん著者も、「ムロタ、恰好いい奴。下の名前が思い出せない」というフレーズをふと思いついた後、自分でもすごく気に入ってしまって、「これは一回だけで終わらせるのはもったいない」と思ってしまったのではないでしょうか。蛇足というやつです。
 ほんとにもったいない。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 個人的に好ミ
感想投稿日 : 2023年10月28日
読了日 : 2016年9月9日
本棚登録日 : 2023年10月28日

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