私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!(1) (ガンガンコミックスONLINE)

著者 :
  • スクウェア・エニックス (2012年1月21日発売)
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感想 : 156
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「黒木智子」という少女が、まだたゆたえるひとりの喪女だった時代。

男女コンビ漫画家「谷川ニコ」先生の代表作にして、アニメ化もされた出世作、そして時期によって大きく装いを変えた稀有な作品です。
この漫画は作中でも時間経過するタイプの作品であり、2019年4月現在既刊の14巻では「三年生編」GWが主題になっていたりします。
まさかの青春群像劇への脱皮ですよ。

で、本作。連載開始当初は「喪女(モテない女、詳細な定義は作中を参照)」をテーマにしたシチュエーション重視のギャグ作品でした。
このスタイルでは大体一~四巻までの「一年生編」まで展開されます。

この路線はもうやり尽くしただろう……と言ってあげたいくらいに繰り広げられる、主人公「黒木智子(もこっち)」の一人芝居が胸をえぐるんです。
ウケを取ろうと滑ったこと言って自爆したり、見栄を張って恥をかいたり、一人勘違いしてにやけ笑いしたり……と、その姿はどこにでもいる哀しい「俺ら」そのものです。「ぼっち」のあるあるネタが、痛い。

ネットミームに汚染され気味で、重めだけど決して表には出さない揶揄も搭載、おっさんでしかないキツめの下ネタも時々言っちゃうけど、女の子であることは忘れてないね。
と、この辺りは分業体制を取る男女コンビの強みが出ていますね。

で、一巻を読み通してみてまず思ったのが「黒木智子」ってこんなに幼かったか? という点です。
高校一年生で元々小柄な体格ということを差し引いても、問題行動が自分の中で終始してしまっていて、とてもおとなしい。
これが内面を知らない周囲のクラスメートから見た、当初の黒木智子像と考えると面白いですけどね。
しっかり、今後の作風を支える地盤づくりをがんばってるんだって。

芯のところで強く図太いところ、関わったヒロインたちの魅力を最大限に引き出す片鱗は見せないでもないけど、まだまだ。
本編の「二年生編」辺りからはじまった、主人公の中学生時代を描いたスピンオフ『私の友達がモテないのはどう考えてもお前らが悪い。』は時間軸上では前で(後付けで)はあるんですが、あるべき本領を描いているので併せて読むといいかもしれません。

なんにせよかなり新鮮です。
連載開始以前は可愛げのない長身で当初の友人も皆無という、暗くなるしかない状況からのスタートも考えてられていたようですが、現状考えると設定変更は偉大ですね。

中学時代からの唯一の友人「成瀬優(ゆうちゃん)」の存在もそれを後押ししてくれます。
同性ゆえのセクハラ寸前のスキンシップとか、家族間(というか弟と)の遠慮のないアレな会話とか、彼女という存在の核を支える人間関係が頼もしい。
弟の「黒木智貴」の当たりも一巻時点ではあんまり強くなくて、その辺もまた意外でした。

どちらにしても、この漫画は「コミュニケーション」の物語。
一巻時点での「黒木智子」は典型的な「喪女」でしかなくて「誰かの分身」に過ぎなかったのが、顔と人格を持った一人のキャラクターに成長していく、認められていくその過程がとても愛おしいんです。
その辺り、感情移入の対象をシフトするのが難しくなって、結果好みが分かれてしまうのもわかりますけどね。

一巻からして恋愛以前に完全にクラス内の存在感が皆無な状態に置かれた「黒木智子」がどれだけ恥をかこうと果断に、人と関わろうと動いていくんですよ。
そして、失敗の過程を積み重ねたからこそ、(いや、だから進んで失敗しろとは口が裂けても言いませんが)現状がある。

序盤の路線が、迷いのある不安定な線とよく合っているんですが、作者の画力も成長して線が安定すると友達に囲まれたにぎやかな日常にあっていると思える。
長期連載の強みを実感できる、本当にリアルと歩みを共にした漫画だと思います。

よく言われるのが八巻の「修学旅行編」。
あれだけ怖がった未来を図太く受け止めてここで出会った友人たちと共にリア充になっていく。
灰色の日々の中でここまで蒔いてきた伏線の種が萌芽し、一気に学園生活が花開いてく。
ついでに超ロングパスで「あの時の心理」を後付けであれ回収してきたりするので、読み返した時の喜びもひとしおなのですよ。

それは同時に、孤独だった当時の黒木智子にとって名もなき、なんかいけ好かない連中としか思えなかった彼女らが最新刊のレギュラーになっていることには驚きました。
岡田さんとネモ、それに清田君たちを加えたグループがこの時点からしっかりと描かれているんです。

この辺、世界は大きな枠に収まっているから視野次第でいくらでも狭くも広くもなるのだな、とお仕着せ気味の意見かもしれませんが、それに共感します。

ここまで読み返しての感想でした。
一巻から読んだ初見の方はまた違った書評を上げるのかもしれません。
よく言われるのはこの作品は「八巻」からが転機だから、辛い前半はとりあえず飛ばそうというもので、実際一理あります。

物語でキャラが恥をかくとそれが自分のように思えて辛くなって見てられなくなる現象「共感性羞恥」。
この概念がクローズアップされる以前に、剛速球気味に主人公のいたたまれなさを取り扱っているので、まぁそうですね。

ただ、一巻時点では主人公の行動は空回りしているけど本人が認知していないところでオチを付けたりしてます。
徹底的な大恥には繋がっていないので意外とスルッと読めました。
それにインパクトを狙った大ゴマ重視の豪快さが目立つというのもあります。

最新刊に至って繊細な作風を得た一方で、そのように失ったものもないことはないかもしれなません。
けれど、どれだけ人に囲まれようとけして忘れられない一人であることの淋しさと愛しさは不変のものであると、私はそう信じています。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: Gag
感想投稿日 : 2019年4月9日
読了日 : 2012年6月17日
本棚登録日 : 2012年6月17日

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