すべての火は火

  • 水声社 (1993年6月1日発売)
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感想 : 13
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原著は1966年刊。この短篇集を手に取ったきっかけは、映画『あなたになら言える秘密のこと』(2005年スペイン)だった。ティム・ロビンス扮する海底油田の掘削所作業員の机の上に、この本が置かれている。また劇中で彼は「コーラ看護婦」のあらすじをヒロインに語って聞かせる。
まことに風変わりな手触りの八篇だった。日常と非日常、現実と超現実といった二つの世界の二項対立で語るならば、「ジョン・ハウエルへの指示」「もうひとつの空」は現実世界を歩いているうちにもう一つの世界に迷い込んでいく物語である。終わりの見えない大渋滞に巻き込まれる中で奇妙な共同体ができ季節が移り変わる「南部高速道路」も同様の構造だろう。
一方で現実と虚構(意識の中で生み出された世界)という二項対立も成立する。「病人たちの健康」では登場人物たちが虚構を語るうちにいつの間にかそれが現実とすり替わっていく。「合流」「コーラ看護婦」で焦点を当てられるのは専ら意識の世界である。「正午の島」では現実と意識の中の世界がシームレスに続いているが、それを主人公の見た夢という枠にはめずより広い意味を持つ異界と考えることもできる。
本を読んでから改めて映画に立ち戻ると、ヒロインが滞在する海の只中の掘削所もまたもう一つの世界なのだろうという気がしてくる。孤独を好む人々から成るあの不思議な共同体は現実世界(=陸)と隔絶し、静かで浄化された場でもある。重い過去を抱え沈黙の世界に生きる彼女にとっての現実とは何か難しい問題だけれど、そこを訪れることが彼女の浄化と再生に繋がっていく。
映画の中の現実と異界、本の中のそれ、さらに映画と本、幾通りもの「二つの世界」の重なり合いを体感し、得難い読書体験となった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: アルゼンチン - 小説
感想投稿日 : 2014年5月29日
読了日 : 2014年5月28日
本棚登録日 : 2014年5月29日

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