脇役スタンド・バイ・ミー

著者 :
  • 新潮社 (2009年4月1日発売)
3.25
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本棚登録 : 140
感想 : 36
4

以前住んでいたアパートの近くで、夜遅くに揉め事があった。複数の男の恫喝する声と暴力を振るっているかのような物音、そして「誰か110番してください!」という叫び声が響いた。
私はものすごく怖くて、心臓がドキドキした。様子を伺おうにも建物が邪魔で何も見えない。声だけが聞こえてくるのだ。かなり迷ったけれども、手遅れになっても困ると思い、意を決して110番通報した。
こんな曖昧なことで電話して、警察の人に怒られないだろうかと心配したが、幸いそのとき電話に出た人は丁寧に応対してくれたし、数分後にはパトカーのサイレンが聞こえてきた。揉め事がどうなったのかはわからない。

こんな些細な体験を思い出したのは、本作で図らずも犯罪についてのなんらかの情報を持ってしまった人々の様子を読んだからである。
私が聞いたのは叫び声だけだったが、それでも実際に警察に連絡するには相当の心理的抵抗があった。
本作では、殺人に関わるなんらかの情報が取り扱われているのだ。その葛藤たるや、比べ物にならないだろうと思う。
それでも、心を決めて警察へ出向いて行く。そこで、「脇田」と名乗る警官が、実に親身になって話を聞いてくれるのだ。自分が持っていった情報がどれくらい捜査の役に立つかはわからないし、警察はいちいち民間人に事後報告などしないから、自分の行為の結末を知ることはできない。せいぜい、犯人逮捕の報道を目にするくらいだろう。でも、警察の人間がきちんと話を受け止めてくれた、という思いは残る。
まさに市民が警察に期待することとはそういうたぐいのことだろう。

ほのぼのした思いで読み進めていったのだが、第六話はちょっと奇妙な感じがした。
「ケン兄ちゃん」という人物の登場があまりに唐突だったからだ。さらには、やけに熱く秋本水音に語りかけるのである。言ってることは正論だし、全編を貫く思いでもあるから、間違っているわけではないけれども、あまりにも突然の熱弁である。そこだけトーンが違うというか、主人公とのつながりが今ひとつよくわからない。
ここから最終話へとつながっていくから、重要な役割を担っていることは確かだが、どうして主人公の純平じゃないんだろう。なんだか腑に落ちない展開だった。
最終話は、すべてのエピソードをきれいに片付けた感じ。もしかするとこの物語は、連作ミステリーを装った、警察への切ない要望だったのかもしれない、とふと思った。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 再読
感想投稿日 : 2012年4月16日
読了日 : 2012年4月16日
本棚登録日 : 2012年4月16日

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