歴史学者という病 (講談社現代新書)

著者 :
  • 講談社 (2022年8月18日発売)
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感想 : 42
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すごく面白い。

いつのまにか学問は、「研究」ではなく「仕事」になっている。実証にこだわるあまり、考えなくなっている。あらゆるところで、アレントが言う「行為」の空間は削られているのだ!

そこに危機感を持って、素朴に社会へ発信しようとする著者の公共精神にしびれる。現代の知識人とは、大学の研究者のことではない。著者のような「社会のために」をしっかりと考えてきた知の担い手のことである。

東京・亀有の大家族に生まれたという生い立ちの振り返りからして面白い。戦後歴史学のおよその流れとして、第〇世代「皇国史観の歴史学」、第一世代「マルクス主義史観の歴史学」、第二世代「社会史「四人組の時代」」、第四世代「現在」というまとめも、実に分かりやすい。著者の歩んだ研究者人生と、戦後歴史学とがクロスして、実感として頭に入ってくる。

ある程度やり遂げた40代。仲間作りを始めるといったくだり。実によく分かる。業界のマウント取りが、ばからしくなるころだ。気づくと周りは、その特定の業界や組織の論理を反復するだけで、考えなくなっている。くだらない。著者の怒りはよく分かる。京都定点観測の歴史像、エリートの押し付ける歴史への批判(p183)なんかも、実に共感できる。

著者が体験した教科書づくり。「暗記」の脱却を目指す試みは見事に挫折。結局は先例にならったものができあがる。なぜか? ことはそう簡単ではないからだ。教科書は高校の先生が扱う。高校の先生には生徒を合格させるというミッションがある。そして大学受験は「暗記」でできている。そう、戦う相手は日本の教育システム全体だったのだ!

実証をめぐる著者の思い。ただ上から下へ自動的に落ちるような作業を「牛のよだれ」(p196)と痛烈に批判するが、結局、研究という知的行為も、いつのまにか自動的な「労働」に成り下がっている!!調べるだけで「考える」がないのだ(p202)

といって網野史観への指摘もバランスがいい(p210)。神聖視するのも間違っているが、民衆を持ち上げすぎるのもどうか、と。

最後。「あなたが居座ろうと思っている今の歴史学界隈はこのまま存続できると思ってますか?」)(p220)この指摘は重い。
いつのまにか、居座っている人たちが多い。その人たちはいつまでも更新しない。外とつながろうとしない。だからこそ、著者のような存在が際立つ。研究者や、あるいは、ある程度年を重ねた社会人は、本書を読んで、自らの行為がここでいう「研究」ではなく「仕事」に置き換わっていないか、自問すべきだろう。名著。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年5月16日
読了日 : 2023年5月16日
本棚登録日 : 2023年5月16日

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