清朝と近代世界――19世紀〈シリーズ 中国近現代史 1〉 (岩波新書) (岩波新書 新赤版 1249 シリーズ中国近現代史 1)

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  • 岩波書店 (2010年6月19日発売)
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日本の近代史を学ぶ過程で中国の近代史を併せて学ぶ。

・清という少数民族が、なぜ中国を統一することができたのか?
・中国の近代化の遅れの理由は?
近代化に関しては、当時、中国は欧米諸国との接点が日本よりも厚く、人材の層も厚かったはず。

清が、中国という広大な地を統一していた、という実態はそもそもなく、分権化が相当に進んでいた、ということなのだろう。
歴史を見ると、どうしても時の権力者しか表面的には出てこないので、このあたりの実感を得ることが難しいような気がする。
清朝が潰れても、新たな勢力が取って替わって出てくるという状況からも、それが説明できる。(国家が破綻したわけではない)

また、強い地方分権と共に、個人主義の強さがあるのだろう。(華僑もその文脈で説明できるのだろう。彼らは国家を信じない)
個人主義には家族主義や民族主義は入ってくるのかもしれない。何れにしても国家の概念は異なる。

李鴻章にしても、国家を代表しているとは言い難い。
国家として富を蓄え、それを国家として投資に回す、という発想、仕組みがなかった。
この点が、日本の近代化と大きく異なるところ。
中国は、清朝後半に反植民地化となるのだが、国家としては衰退するも、個人として懐を厚くしてケースは幾らでもあったと思う。

これは現在の中国にも当てはめることができる。
共産党一党独裁政権ではあるものの、経済活動は日本よりも自由に活発に行われている。起業家精神も旺盛だ。
中国のこの二重構造を理解しないと、状況を読み誤るし、中国は近代化が遅れた、と安易に結論づけるのは正しくないと思う。

以下抜粋~
・清朝の人材登用のすぐれた点は、科挙の成績や旗人の家柄だけでは必ずしも高い地位が保証されず、これらの人材の集まりのなかから、仕事のできそうな者を皇帝が適宜に使ってみて昇進させていくという点にある。

・清朝の版図についてみれば、その拡大の経緯からして、多様な人々を各様の仕方でつなぎとめることで成立し、広大な内陸を含みこんでいた。19世紀中葉の危機を乗り越えた清朝は、イギリスが覇権をにぎる近代世界に対応するなかで、新局面を沿海部で開いていった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 歴史
感想投稿日 : 2020年10月18日
読了日 : 2020年10月18日
本棚登録日 : 2020年10月18日

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