こちらのは、読後すぐにはレビューを書かないで数日間いたら、あれこれ感じたことの大半がどんどん削ぎ落とされていき、最後に自分の印象に残った場面がひとつだけ、鮮明に残りました。それは4番目の短編『雲の糸』の中で、主人公が半ば自殺行為をして、昏睡状態に陥っている時にとった母親のある行動。全部は書けませんが、彼女はひたすら掃除に没頭します。自宅ではなくて、島中の公園や海岸を懐中電灯片手に、寝食も惜しんで。息子も又、どんな問いかけにも意識を取り戻さなかったのに「母さんの掃除、手伝いに行くよ」と言った姉の一言に目を覚ますのです。「生んでもらって、その瞬間から守られ続けている」という台詞もこの場面には出てきます。いてもたってもいられない気持ち。そんな時は、何かに没頭することで、人は願をかけるのかなとも思いますし、その「祈り」にも似た気持ちの中には「信じる」という強い心も含まれていると思います。 この場面を読んだだけで、今回の湊作品が、いつもとは違っているということを感じさせてくれました。事件性はついて回るものの、こちらに描かれているのは毒々しい人間の性ではなく、それは細長く途切れることのない、岩肌を流れる清水のような温情でした。自分しか知りえないこと、口に出して言えないこと、様々な辛い想いを抱えて生きている人達が、何かしらきっかけを持ち、もう一度過去の自分を自分で晒し、その時には気付けなかった他者の想いと再び交差し、分かち合えた時に訪れる安息。 「故郷(場所であったり、愛しい人であったり)には、そんな想いがいつでも待っていてくれるんだよ」そんな著者のメッセージが伝わってくるような作品となりました。
- 感想投稿日 : 2014年10月19日
- 読了日 : 2013年6月9日
- 本棚登録日 : 2014年10月19日
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