わが心慰めかねつ更科や姨捨山に照る月を見て
よみ人しらず
ちくま文庫のテーマ別アンソロジーは、意外性あるラインナップで興味深い。「猫の文学館」「星の文学館」「トラウマ文学館」などがあり、まず「月の文学館」を読んだ。サブタイトルは「月の人の一人とならむ」で、詩など43編が収められている。
所収の萩原朔太郎のエッセー「月の詩情」は、和歌や漢詩の素材に月が多かったことから始められている。具体的には、西行の哀切な月の歌や、著名な掲出歌などだ。
掲出歌は古今和歌集のもので、月の名所として知られる長野県の冠着【かむりき】山が舞台。「更科山」や「姨捨【おばすて】山」とも呼ばれ、棚田に映りこむ月影は、詩心を揺さぶってやまないそうだ。
そんな名歌を思いながら、朔太郎は、近代になってから月の詩が少なくなったと指摘する。その理由は、「照明科学の進歩」。確かに、室内灯や街灯など、近代文明は古代とは比較にならないほど夜を明るくさせてきた。そのため、近代人は、月への思慕を失ってきたのではないか、と。
そして話題は、戦時中の防空演習の記憶へと移る。演習で東京じゅうの灯りが消され、真の真闇になったとき、朔太郎は月光の明るさに驚き、何年かぶりに月をしみじみと眺めたという。
昨年の胆振東部地震の夜、停電をうれいつつ、月や星の明るさ、美しさにしみじみと感じ入った人も多かったことだろう。
まもなく中秋の名月。古代からの月の美しさを、謙虚に見つめてみたいと思う。(2019年9月1日掲載)
- 感想投稿日 : 2019年9月1日
- 読了日 : 2019年9月1日
- 本棚登録日 : 2019年9月1日
みんなの感想をみる