掏摸(スリ) (河出文庫)

著者 :
  • 河出書房新社 (2013年4月6日発売)
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感想 : 627
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暗く淡々とした文章だったが、自分の呼吸とピッタリと合いさらさら読めた。
天才スリ師である「僕」は金持ちから財布をスッて生活をしている。
彼の目から見る世界は白くぼやけていて現実感がない。ただ、スリをする瞬間だけは感覚が鮮明になるようだった。

そんな僕が、自分と似た生い立ちの子供と出会い、木崎と出会い確実な死に直面した時「生きたい意志」がハッキリと現れてきたところが面白かった。

読了後、表紙にひっそりと描かれている500円玉に気づきニヤリとした人。手をあげてください。

◉木崎は頭おかしい人
他人の人生をコントロールする事に最上の快楽を見出す。
「俺は人間を無惨に殺した後すぐに登ってくる朝日を美しいと思い、その辺の子供の笑顔を見てなんて可愛いんだと思える。(略)神、運命にもし人格と感情があるとしたら、これは神や運命が感じるものに似てると思わんか?」

…ちょっと何言ってるかわからないです。

今まで色々なヒールと小説の中で出会ったが、コイツは一片たりとも共感できなかった。
こんな奴が裏社会を超えて政界を動かす力があるなんて、本当に小説の中だけにしてほしい。

◉塔
僕がスリを始めた頃からずっと遠くに見えている塔。子供の頃の僕のエピソードで物語にグッと奥行きが出た感じ。
塔とは「生きる目的」みたいなものかなぁと思った。

「自分で手に入れたものでは無い、与えられたものを誇る彼を醜い存在なのだと思った。その醜さを消すためには、あの自動車がなくなればいいと思った。」

何かに抵抗して、つまり何かの目的のためのスリか
スリが目的になり、緊張と快楽を楽しむためのものなのか
後者になった時、塔は僕の前から消える。

後書きで、この塔は作者の中村文則さんが子供の時に実際に見えていたものがモチーフになっている、とあった。
これには驚いた。
通りで「暗い」と言われるわけだ。
低く低く、影に影に。
正にそう言った幼少期を過ごしてきたんだ。

でも今、そういった経験をも糧にして第一線で活躍されていることをホッとする気持ちと共に嬉しく思った。
「王国」も読んでみたいな。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2021年3月9日
読了日 : 2021年3月2日
本棚登録日 : 2020年8月15日

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