文庫 技術者たちの敗戦 (草思社文庫 ま 2-1)

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  • 草思社 (2013年8月2日発売)
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感想 : 18
5

①堀越次郎
 堀越はかなりの年齢になってからも、航空機の一設計者として、自らが知らない新技術や新しい理論を目にすると強い興味を示した。空力や構造設計面での新しい理論的考え方などが学会誌に掲載されると、その論文の発表者に連絡して訪ね、さらに詳しい説明を求めて議論するなど、晩年まで最新技術に対する関心を失わなかった。
 航空技術者ならば、誰もが知る有名な零戦の設計者の堀越が、あまりにも熱心に根掘り葉掘り質問し、自らもそれを確認して納得しようと、難しい計算に取り組む姿には、論文を発表した若い技術者も頭が下がる思いであった。それと同時に、昔の設計主任はこれほどまでに航空機に対して情熱をもって取り組んでいたのかと驚きを覚えたという。
 先の鳥養は、一九九〇年代前半、日米の共同開発となった支援戦闘機FSX(F2)などの開発経過を踏まえながら、最近の航空技術者について次のように語っている。
「…だから、航空機の設計は単に仕事として与えられた部分を一生懸命に設計しますとか、ただまじめにやりますではやはりだめであって、飛行機が好きでないとだめです。好きならば、興味があって、あれもこれも知りたいから、他人の担当のところまで、そして飛行機全体のことまで考えるし、気になってくるのです。…」
②島秀雄
その一方で、島は決して天才肌ではなく、ひたすら努力を重ねる勤勉一筋の人であり、学級の徒であって、どんなに仕事が忙しくても、とにかくいつも勉強をしていた。つねに世界に目を向けていた。このため戦後のある時期、勉強のしすぎで目を悪くしたというほど諸外国の文献や本も含めて読み込んでいた。
③真藤恒
 このとき、旧三菱重工など造船業界が政治力を使い、政府を動かして、「戦犯工場はつぶすべきである」と画策した。その目的もあって、時の有力大臣で吉田茂首相の秘蔵っ子としてしられた池田勇人蔵相が、秘書官で選挙に立つ直前の宮沢喜一を連れ、視察を兼ねて旧呉工廠にやってきた。
 …このとき案内役となったのが、「度胸の据わった技術部次長」として通っていた真藤だった。造船所をひとまわりしてからのち、池田の視察の意図を嗅ぎ取った真藤は、開き直って喧嘩を売った。
「あんた方は、ここをつぶすつもりで来たじゃないか」
「そうだ、世間もGHQもやかましいから、しょうがないんだ」
 以外にも池田は正直で、政府の既定方針だからと言わんばかりだった。
「あんたたち二人とも広島が選挙区だ。とくに池田さんは呉が大票田で影響はいちばん大きい。だから、あんた方が責任者としてここをつぶすんなら、こっちにも覚悟がある」
 名も知らぬ一介の技術次長の無礼な言葉に、池田は傲然として言った。
「覚悟とはなんだ」
「あんた方はもうすぐ選挙になる。もし、ここをつぶすというなら、わしだけじゃない。ここの幹部を含めて、死に物狂いで選挙の邪魔をする。いいですね」
 思いかけない挑戦的な言葉に、池田も宮沢も血相を変えた。
「ここには四千五百人の従業員がいる。その下請けも入れるともっと多い人数になる。家族も含めるとさらに膨らむ。四千五百人が死に物狂いになったら、二万や三万の票は動きますよ。絶対に落とす。自信をもって落としてみせるから覚悟しときなさい」
「おまえ、ほんとうにそこまでやるのか。あと先のことを考えているのか」
 池田は真顔だった。
「わしらにはこわいものはない。うちの従業員にしてみれば、あんた方二人がここをつぶすことを決めたんだから、われわれの仇なんだ。呉の人間は昔から気骨がある。あいつを落とせと言えば、いっぺんでころりですよ」
 この選挙区で二万票が動いて対立候補に流れたら、差は倍の四万票になる。そのことを言われた池田は、急に冷静な口調に戻っていた。
「そこまで言われたらきついなあ」
 お付きの大蔵官僚が口をはさんだ。「君、それは言いすぎだろう」
 「黙っとれ、そっちは役人で、ここがどうなろうと関係ないだろうが、こっちは四千五百人の従業員と、それより大勢の下請け、その家族の生活がかかっているんだ。死に物狂いなんだ」
 「生意気な、なにを言うか」
 まわりにいた会社の上層部の人間たちが息を呑み、真っ青になったやりとっりだった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2020年3月8日
読了日 : 2020年3月8日
本棚登録日 : 2020年3月8日

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