アリスのままで

  • キノブックス (2015年5月1日発売)
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本棚登録 : 143
感想 : 31
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「若年性アルツハイマーってこんな病気なんだ」

今まで「若年性アルツハイマー」の何を私は知っていたのだろう。この本を読んでまず思ったのは「これほどまでに患者本人の尊厳を挫き、生きる希望を消失させていく病が他にあるのだろうか、という事だった。少しずつ確実に進行してゆく不治の病は認知機能を低下させる。それは軽い物忘れのようなものから、深刻になれば何年も暮らしてきた土地での散歩で帰り道が分からなくなって途方に暮れ、つい数秒前に自分がしようとしていたことを忘れ、自宅でトイレを見失い、数十分の映画の冒頭を忘れ、本が読めなくなり、言葉が出て来ずに周囲の会話からひとり取り残され、娘や大切な人の名前を忘れ、存在を忘れていく、「少しずつ生きている感覚から乖離していく」ようなものだろうか。夫とカフェに行っても自分が珈琲を嫌いであることを忘れ、好物だったものの形や味は思い描けるけれど名前が一向に分からない。もどかしさの中に怒りや悲しみや、絶望が綯い交ぜになっている。そこに揺らがずにあるはずの当たり前の日常や風景が日を追うごとに別世界へと繋がり、一緒くたになってごちゃごちゃとして何が何なのかが分からなくなる。自分の判断が信じられなくなり、他人が言っていることもそれらしく聞こえたり、嘘に聞こえたりする。
この病の造り出す底なしの絶望と、そこに細やかな幸せを見出すことの大切さをこれほどまでに鮮やかに描き出した本作は、映画化がきっかけであれ、興味本位であれ誰にでも是非手に取って欲しい本だと感じた。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: レビュー済
感想投稿日 : 2015年8月30日
読了日 : 2015年8月25日
本棚登録日 : 2015年8月23日

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