土地と日本人 改版: 対談集 (中公文庫 し 6-48)

著者 :
  • 中央公論新社 (1996年10月18日発売)
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つまり、「土地は行政が所有した方が良いんじゃないか」という主張なんですね。
正直、「えっ」というお話。「そりゃないでしょ」。

司馬遼太郎さんの対談本。
司馬遼太郎さんは1923生まれ、1996年没です。享年恐らく73歳。
司馬さんのエッセイや講演は、けっこう細かいものまで、今でも読むことができます(売れるから、文庫になってるから)。
60年代前半にはもう大流行作家になっていて、エッセイとか対談も多い。
なので、実は、60年代70年代80年代の頃の「時代感覚」みたいなものを体感できる、そういう旨味もあります。
つまり、司馬さんの言っていることが、いちいち全部「正しい」とか「間違っている」ではなくて。
「ああ、この時代にはこういう対談やエッセイが、超大手マスコミで、喜んで印刷されて読まれていたんだな」という。

そうすると、今の感覚からずれが多いのは、旧ソ連や中国などの、「旧共産圏」についての感覚ですね。
皆さんがどうかは判りませんが、1972年生まれの僕としては、1989年前後の「共産圏崩壊」が印象に強いです。
ソ連の自己崩壊であり、チャウシェスクのルーマニアであり、東ベルリンと東ドイツの「壁崩壊」ですね。
そうすると、考え方の「イズム」はともかくとして、現在の行政の仕組みとしては、「共産主義、社会主義の仕組みはちょっと無いなあ」と、理屈ではなく思ってしまいます。
結局、理想は汚職と派閥と不正と警察国家に歪められて行く、ということで、20世紀の歴史の物語は一つの完結になってしまっています。
(と、いうのが、世に流れている物語なんですね。それが本当にそうなのか?というか、じゃあ僕らの周りは「そうじゃない」のか?という問いかけや思索は常に刺激的であり、必要だと思います)

ところが、やっぱり1960年代~70年代、80年代くらいまでは、そうぢゃない訳です。
特に、司馬さん含め多くの言論人が「中国」という場所に、何らかの希望を持っているんだなあ、と思います。
中国についても、恐らく僕世代に人にとっては、「文革の悲劇、集団ヒステリー」という物語が中国自体で解禁されてからは、60年代70年代の中国を美化するなんてちょっと...と思ってしまいますが。

ただ、この本は面白かったです。

「土地は国有すべきだ」という主張自体に賛成するかどうか、よりも。
「土地をどう所有するのか、どうやって所有のシステムになるのか」という視点からの歴史、というのがまずスリリング。
日本は貴族や天皇や武家の棟梁が、「土地の所有」に関しては貪欲ではなかった、という話。
所有していなくても、領地についての「収税権」があった。
そこに、だんだん地元から「なんでやねん」と不満が上がったのが、「武士の誕生」。鎌倉政権。
江戸時代にいたるまで、「収税権を持っている」ことと「地主である」ことは別物だった。

それから面白かったのは「山林」についての価値観。
(このへんは山崎豊子の小説「女系家族」に出てきたので多少見当がついたのですが)
つまり、明治になるまで、実は日本の土地に関しては、「太閤検地」とほぼ変わらないデータ。
明治後にまた検地してます。
そして、戦後に「農地解放」。これ、複雑で微妙な事件ですが、要は大地主の耕地が、一定数、小作に渡された。

なんだけど、これらが全部、「平地・耕地」。これ、日本の国土の25%とか、30%だ、という訳です。
残りは、「山林」。この所有権が、ものすごく曖昧な上に、所有している人がズルく立ち回れるようにしている。
「山三倍」。登記されている価値よりも、実質は3倍とか、数十倍の広さや林業収入があったりする。
山は、実測検地が困難だから、詐欺や既得権が横行する。「山師」という言葉もありますね。
ただ、もともと土地としての価値は少なかった。
ただ、昭和になって、戦後になって、ブルドーザーになって、高度成長で新幹線になって高速道路になって。列島改造論で田中角栄さんです。
イッキにこの価値がでかくなる。
土地転がしで儲けだす。
結果、土地の価値が異常に高くなる。結局はバブルですね。
(結局、司馬さんは田中角栄さん及び田中角栄さん的なる自民党という文化?が生理的に嫌いなんだろうなあ、と思いました)

これを司馬さんは、まず憂えている。
公有すべきか国有すべきか、ということはともあれ、愁いのポイントはなるほどな、と。

駅前広場や商店街、というのは、市有地でも私有地でも、「公共の場所」ではないのか?という問いかけ。
「私有」だから、何をしても良いのか?という問いかけ。
(これは実は、ラジオやテレビ、そして恐らく21世紀的には「インターネット」というのも、同じだと思います。ドキっとしました)

ナルホドなあ、と。
少なくともこの本が出た70年代では、「外国では土地を担保に銀行が融資することはあり得ない」と言う話もありました。
ホントか嘘かわかりませんが、確かに、「土地の所有」「公共のものという感覚」について、諸外国の、そして日本の過去の経緯っていうのは、面白そう。
そこの視点が目からウロコでした。


※「ひとびとの跫音」の主人公?のひとりである、ぬやま・ひろしさんとの対談が含まれています。

※テーマがテーマだったからか、この本は出版社や編集者主導ではなくて、司馬さんのある種の「自主出版」のようなものだそうです。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 本:お楽しみ
感想投稿日 : 2016年3月1日
読了日 : 2016年2月29日
本棚登録日 : 2016年3月1日

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