「てんやわんや」。獅子文六さん。1948~1949に連載された小説だそうです。
原爆、終戦が1945年夏。憲法施行が1947年。
獅子文六さん、というのは、徐々に再評価されている人だと思います。
いわゆる、流行作家だったひと。
その当時から、言ってみれば「軽い」のが持ち味で、決して純文学でも重いテーマでもなかった。
この「てんやわんや」も軽いんです。
そして、連載物っぽい。つまり、ラストを考えずに適当に書いているんだろうなあ、という。
主人公の犬丸順吉さん、というのが、まあ恐らく30凸凹のサラリーマン。
上役社長の言いなりになってきて、終戦を迎え。
ホッと一息と思ったら、社長が戦犯になりそうで。つまりまあ、社長はかなり戦前社会で美味しい思いをしてきたわけです。
対岸の火事かと思ったら、「君も戦犯になるよ。逃げたまえ。この書類の包みを持って逃げたまえ。決して見ないように」。というわくわく展開。
この犬丸さん、実は社内の、積極的なパワフルガールとちょっといい感じになっていたんですが、命が大事、と紹介された愛媛宇和島に逃げます。
ここから、愛媛宇和島に舞台を移すや、荒廃した東京とは打って変わって桃源郷。食べ物はあるは、人心は穏やかだわ。
ここンところで戦後直後の都市と田舎の風俗の差を見せながら。
話しはこの地方での、さまざまな風俗や祭りを織り込んでのてんやわんや。
犬丸さんは、辺境山地の娘に恋い焦がれたり、このままではイカンと思い直したり、このままでずっといようと願ったり。
かなりイケてない主人公の右往左往を、あははと笑っているうちに。
件の社長がやってきたり、パワフルガールが社長の愛人になっていたり(そうかと思うとそうではなくて純潔だったり)。
つまりは、面白そうなトコロに向けて、実に節操も無くよろめいていくストーリー。
ところが、そのはざまで煩悩に焼かれてみっともなくてんやわんやを繰り返す主人公には、戦後直後でも、きっと多くの人はこうだったんだろうなあ、という「人間味」が溢れていて、実に飽きない。
最終的には、どうやら伏線を回収しきれないままに勢いで終わった、という匂いが充満するのですが。
それでも、なんだか楽しいからいいや、というのも、これまたある種の完成度。
うーん。噺家で言えば...昔々亭桃太郎...。独特の味わい。志の低さをテクニックの高さと確信犯なアドリブ感。
この軽さ、テキトーさ、なんとも腰砕けな明るさ。
こんな小説が、太宰治や坂口安吾と同時代にのほほんと完成度の高さを醸し出していたことを思うと、なんだか灰色で重苦しく勝手にイメージしていた戦後直後っていうのも、結局はひとの営みでしかなかったんだなあ、という視野が開けてきて、楽しからずや。パチパチ。
- 感想投稿日 : 2017年6月15日
- 読了日 : 2017年5月13日
- 本棚登録日 : 2017年5月13日
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