酒呑童子は実はシュタイン・ドッジというドイツ人で、飲んでいた人間の血は赤ワインだったという冒頭の珍説から、本書に引き込まれました。とはいえ、本書は「酒呑童子」という怪物が生まれた文化を面白おかしく論じる本ではなく、非常に真面目な学術書です。冒頭のドイツ人説も当時の日本人にとっては欧米人は鬼に見え、伝説になっても不思議はないという分析もなされなされています。
異形の酒呑童子の正体については、紅毛人説、山賊説、鉱山師および鉱山労働者説など多数の説があります。その中で著者の高橋昌明さんは、酒呑童子の原像は、疫病を流行らせる疫神、とくに前近代日本の疫病中、最大の脅威であった疱瘡を流行らせる鬼神だったと推理します。鬼は境界に現れることが多いという観念から、酒呑童子の住む大江山は、老ノ坂や山陰道が山城国へ入り込む境界にあり、元来、疫病の跳梁しやすい場所であるとします。この鬼神の上にさまざまなイメージを重畳したものが酒呑童子であり、オランウータンに似た想像上の動物「しょうしょう」(けものへんに星)のイメージがあったと、唐の小説「白猿伝」と「大江山絵詞」の類似性を探ってゆきます。
さらに竜宮としての鬼が島に着目する事に依って「水神」に酒呑童子を重ね合わせたり、聖徳太子伝説も引き合いに出したりと、酒呑童子の正体の奥深さを味わうことができます。
著者の高橋昌明さんの専攻は日本中世史。「清盛以前」「湖の国の中世史」(平凡社)の著書があります。
高橋さんは「酒呑童子説話を通し、中世社会の内と外、中心と周縁、境界や排除にかかわるもろもろを考えてゆく」と「はじめに」で書いています。本書は酒呑童子から発展して、立派な日本中世史論になっています。
本書は書き終えるのに5年かかったと「あとがき」にあります。酒呑童子の世界、日本人の精神世界が味わえる力作です。
- 感想投稿日 : 2023年10月28日
- 読了日 : 2023年10月28日
- 本棚登録日 : 2023年10月28日
みんなの感想をみる