封印再度 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社 (2000年3月15日発売)
3.65
  • (567)
  • (969)
  • (1498)
  • (71)
  • (5)
本棚登録 : 8659
感想 : 647
4

50年前、仏画家・香山風采は息子・林水(りんすい)に家宝「天地の瓢(こひょう)」と「無我の匣」を遺し、密室で謎の死をとげた。匣を開ける鍵は「天地の瓢」という壺の中に入っている。しかし、その鍵は壺の口が狭くて入れることも取り出すこともできなかった。
当時、林水は鍵が外にあり、匣が開いてるところを見たという。風采はどうやって壺の中に鍵を入れたのか?現在に至るまで誰にも解かれていない謎は、林水の死によって問い直されることになる──。

犀川・萌絵コンビが活躍するミステリのS&Mシリーズ第五弾!まずタイトルがカッコいいよね。「封印再度」と「WHO INSIDE」の語呂合わせが絶品。「壺を割らずに中の鍵を取り出せるのか?」というパズルに始まり、そのピースが最後に埋まることで物語が完成して封印されるという構成が上手い。このパズルは人間ドラマの中で問いへと姿を変えていき、禅問答のような哲学性を帯びていくのも魅力だと思う。真相は謎が埋まることで明らかになり、真実は答えが欠けることによって美しく完成するのだ。

仕事場の蔵で発生した事件。それは50年前の再現なのか?状況は重なるも、決定的な違いもある。そのアシンメトリーな状況が指し示すものとは何なのか。不可解な密室という封印が意外な解決をみたのが面白かった。言われてみればなるほどと。単純な物事を複雑に考えるのは人間のサガなのかな。いや、その逆もある。そもそも人間は「自分とは何者か?」という問いにすら、人生をかけても答えが出せるかどうかわからない生き物だからね。

そして、犀川と萌絵のドラマが急展開するッ!というか、萌絵が鍵を取るために壺を割ったくらいの暴挙に出た!これは恋のスピード違反で免許取り消しですねー。萌絵おばちゃん、やっていいことと悪いことがあるんだよ?個人的に好感度が滝の如く落下した。まあ、初めからこういうキャラかもしれんけど(笑) それにしても、犀川が本当に変わったなと。昔ならこれで関係が終わっていた気がする。今回は二人の関係性に持って行かれた感があって、ミステリとしてはやや薄味で冗長かも。タイトルや物語に込められた哲学性は安定の面白さだった。


p.79,80
犀川は、もともと教育なんて行為を信じていなかったし、自分が教育者だなんて自覚したことは一度だってない。教育者には、ものを教えることができる、という思い上がった信念が存在する。それが犀川にはまったく馴染めない。手を出さない子供にお菓子を与えることができないように、教育を受けるという動詞はあっても、教育するという概念は単独では存在しえないのである。それに、教育には水が流れるような上下関係がある。しかし、学問にはそれがない。学問にあるのは、高さではない。到達できない、極めることのできない、寂しさの無限の広がりのようなものが、ただあるだけだ。

p.269,270
「日本の美は、だいたいその七五三のバランスだ。シンメトリィではない。バランスを崩すところに美がある。もっと崇高なバランスがある」
「たとえば?」
「そうだね……、法隆寺の伽藍配置、それに漢字の森という字もだいたい、三つの木の大きさが七五三だね。東西南北という文字だって、左右対称を全部、微妙に崩している……。最初からまったく非対称というのでは駄目なんだ。対称にできるのに、わざとちょっと崩す。完璧になれるのに、一部だけ欠けている。その微小な破壊行為が、より完璧な美を造形するんだよ」

p.376,377
「歴史に残る建築物は、人が生きるための必然性から造られたものではありません。例外なく、無駄なものです」
「贅沢という意味ですか?」
「いいえ、贅沢は、人の生にもっと近い……」犀川は言った。「贅沢とは、ある意味で生きるために必要なものです。権力を誇示する贅沢、それに、自己の感性を確認するための贅沢。しかし、僕が言っているのは、それを差し引いても残るものです。これは、無駄です。人間の歴史は、無駄でできた地層みたいなものなんです。これらは、偶然ではなく、意図的に役に立たないように、わざと無駄に設計され、それゆえ、普遍性を得るのです」
「あの、褒めていらっしゃるのかしら? それとも、けなしていらっしゃるのですか?」
「さあ、どちらでしょう……」犀川は微笑んだ。「無駄なものは、褒めることも、けなすこともできません。だから、いつまでも残るんですよ」

p.517,518
「東洋人というか、日本人というのか、とにかく、この辺りに住んでいるのは、奥ゆかしい民族だね」犀川は説明した。「自分を表に出さない。自分を消そうとする。それが、自分を高めることだと信じている。己を殺すこと、腹を切ることが奇麗なことなんだよね。美しいと、ビューティフルは、全然違う意味じゃないかな。きっと、奇麗な夕日を見て、ああ死にたいって思ってしまうんだ。しかも、それが全然悲愴じゃない。どうして、こんな奇麗な感情ができたんだろうね? なんかさ……、異物を押し込まれたところに嫌々できる、真珠みたいだと思わない?」

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2024年4月29日
読了日 : 2024年4月29日
本棚登録日 : 2024年4月29日

みんなの感想をみる

ツイートする