愛と死 (新潮文庫)

  • 新潮社 (1952年10月2日発売)
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「あんなに丈夫だったのに、どうしてあんな風邪位にやられたのか。尤も今度のスペイン風邪という奴は丈夫なものの方がやられるらしい」(124p)

武者小路実篤の小説を中学校以来初めて読んだ。いっときから、彼は好きな小説家ではなくなっていた。思えば、彼を読んでいたのは、現在の中学生がライトノベルを好んで読むのと同じだったのかもしれない。ほとんどが会話文であり、少し変な言葉遣いを気にしなければ現代話とも思えるような時代性、社会性の無さが気持ちよかったのだろう。それが反面物足りなさを感じて、わたしはやがて離れていった。

本書を選んだのは、分厚いスペイン・インフルエンザ歴史書の中で、二つしかない「スペイン風邪」が描かれた文学のうちの一つだと教えられたからであって、武者小路文学を読みたかったからではない。まぁ久しぶりに読んで、酷いライトノベルでもないけれども、深遠なテーマを描いたライトノベルでもないという感想を持った。それはともかく、スペイン風邪である。

夏子は、同じ小説家仲間の妹で、逆立ちや宙返りが得意なお転婆高校生として登場して、数年後に美貌の女性として再会する。主人公は、両思いになった後で、半年間の巴里遊学に出かける。帰ってからの結婚を約束しているので、文通は欠かさない。帰りの航海の途中にも夏子からのアツアツの手紙が届くくらいである。ところが、シンガポールに着いた時に夏子の兄から訃報の電報が届くのである。

1918年のインフルエンザ第一波は、それほどにも突然で、20数万人が亡くなった。昨日までピンピンしていた若い女性が、3日足らずで亡くなることはあり得る。臨終の様子は兄の会話文にあるだけで、ほとんど語られない。スペイン風邪とは何かも、語られない。スペイン風邪文学とは、やはり言いたくはない。

解説子は、本書発表当時(1939年)の情報統制の中で、戦争で若者が亡くなることへの精一杯の批判だったのだろう、と述べる。それがあるにしても、そうだとすれば尚更、夏子だけでなく他にも美しい若者が何十万と亡くなった社会にどうして触れないのか。主人公の社会とは、生活に心配のない周りの人たち(家族と友人)だけなんだと、わたしは思った(言うまでもなく武者小路は子爵の息子である)。今日改めて武者小路文学を読んで、もう要らないと思った。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2020年4月19日
読了日 : 2020年4月19日
本棚登録日 : 2020年4月19日

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