『超訳~』の類には、おおよそロクなものがなく、これまで、読むに値する本は一冊も無かった。
だから、この本に対しても、期待値は限りなく低かった。
コソッと読んで、読まなかったことにしておこう、と思ったほどだが、山形浩生の解説はおもしろかった。
ケインズの『雇用、利子、お金の一般理論』は
第二次世界大戦後の世界の経済政策を一変させ、社会における政府の役割を徹底的に変えた。
第1章
強調したかったのは『一般理論』という部分。
古典派理論の公準は特殊なケースのみ当てはまり、一般には当てはまらない。
第2章
賃金は、労働力の需要と供給で調整されるはずで
賃金引き下げに労働者が応じないから失業が突く、というのは、何でも良いから仕事をくれという失業者で溢れた大恐慌当時の状況から見ておかしい。
「作ったものは、いずれ売るしか無いので、供給は需要を作り出す」
という話はおかしい。
第3章 有効需要の原理
ケインズ経済学のベースとなる「有効需要」の概念を述べる章。
経済全体で見ると、その期の総需要は、みんなが消費する分と、みんなが投資する分の合計。
これが有効需要。
有効需要が、雇用の量を決める。
それが少ないと、失業が起きる。
第4-5章
期待が、生産量と雇用を決める。
第6-7章
所得、貯蓄、投資の定義
この章では各種概念の定義を行う。
経済全体として見た場合、貯蓄と投資が透過となることを強調。
マクロ経済学の基礎を構築する章となる。
第8-9章 消費性向
雇用は有効需要で決まり
有効需要は消費と投資で決まる。
消費は客観的な要因と主観的な要因に左右される。
ただし、消費は、だいたい総所得の一定割合であまり変わらない。
とはいえ、それを減らすような財政規律論はダメ。
第10章 限界消費性向と乗数
雇用は有効需要で決まり
有効需要は消費と投資で決まる。
このうち、投資は乗数効果があるので、投資による直接雇用の何倍もの雇用が経済全体で発生する。
だから、失業をなくすためには投資を増やすのが効果的。
失業時には、ムダでも良いから公共投資を増やすべき。
ピラミッド建設でも、お金を埋めて掘り返す、でも良いから、公共投資を増やせ。
第11章 資本の限界収益率
社会全体の投資は、投資で見込まれる収益率が金利よりも高いと起こる。
つまり、投資を増やしたければ
投資収益率の見込み/期待を高める方法と
金利を下げる方法がある。
第12章
失業を減らすには、有効需要を増やすための投資が有効。
投資を増やすための手として、投資の収益率を上げる方法を検討する。
が、投資プロジェクトの収益未投資なんて、誰にも分からない。
みんな自分の勝手な思い込みや勢い(アニマルスピリット)や、その時の気分に支配されてるだけ。
収益未投資を冷静に分析するはずの株式市場も、じつは、美人コンテスト波のハラの探り合いにようる投機に堕し、目先の流行に流される。
だから、期待収益率の評価改善で投資を増やすのはつらい。
第13-14章 金利の理論
失業を減らすには、有効需要を増やすための投資が有効。
でも、期待収益率改善では投資を増やせない。
では、金利は?
金利は、現在の消費と将来の消費を均衡させるものであると同時に、手元に置く資産を利子のつかない現金で持つか、債権で持つかという選択を左右する。
この選択が流動性選好。
お金の量を増やすと、みんなの流動性ニーズが満たされるので、現金の需要が減少し、金利も下がる。
これは従来の古典派の理論では無視されてきた部分。
第15章
失業を減らすには、有効需要を増やすための投資が必要。
その投資を左右する金利は流動性選好
つまり人々が現金をどれだけ持ちたがるかで決まる、と前章で論じたが
ではなぜ、人々は現金を持ちたがるのか?
それは、将来の金利動向についての不透明性や自信のなさっからくる部分も大きい。
市場金利は株式市場と同じく、根拠のない付和雷同で動く部分も多い。
だから金融当局が、実現性ある施策による金利誘導をきっぱり宣言すれば、あっさりそれに流される可能性も高い。
ただし、金利ゼロや、ハイパーインフレーションなどで、誘導が効かない事態はあり得る。
第16章
投資が増えて資本設備が増えれば、収益率は下がってくる。
それに対応して投資を維持させるには金利も下がらざるを得ないだろう。
資本設備があふれて希少性がジワジワ下がったら?
いまは資本の希少性のおかげで儲けている金利生活者たちの不労所得もジワジワ下がり、この階級は安楽死するはずだ。
第17章
ではなぜ、お金はそんなに特別なのか?
先物取引などで利率にあたるものは他にも存在するのに。
それは、お金が勝手に作れない、他のものでは代替できない、保管費用がかからない、そしていま多くの価格がお金を基準に決まっているという性質のため。
それをみんなが求めすぎるから失業は起きる。
第18章 雇用の一般理論再説
各種投資の期待収益率と金利の関係で、経済の投資の量が変化する。
投資と消費の関係は乗数によりほぼ一定なので、投資にあわせて消費、そして総需要も、変化する。
そしてその総需要(有効需要)が雇用の量を決める。
第19章 名目賃金の変化
ケインズの主張はともかく
古典派が主張する、賃金が下がれば、失業はなくなるという見方はあり得る。
でも、名目賃金が下がると、消費も減る。
もっと下げるかも、という思惑が発生し、雇用改善が起きない。
賃下げが社会不安につながれば流動性選好が上がり、金利が上がって投資も減りかねず、これまた雇用を減らす。
独裁国でもない限り、一斉に名目賃金を下げる手段はない。
政策的にも賃金低下を図るのは悪手で、お金を増やしたりするほうが現実的。
第20章 雇用関数
産業によって雇用弾性は違う。
それによって、需要が増えたとき、その産業での雇用増につながるか、産業の製品価格上昇につながるか、変わる。
だから、有効需要の増大は、雇用増と物価上昇を同時に引き起こす。
完全雇用を超えると、物価上昇だけになる。
有効需要が減る場合はその逆になる。
第21章 価格の理論
経済の安定のためには、賃金を下げるよりは、お金を増やして失業を抑えつつ、物価と賃金はだんだん上がるようにするのが望ましい。
第22章
景気循環はなぜ起こるのか?
投資が大きく変動するから。
変動の鍵は、投資の期待収益率。
根拠のない付和雷同の気分に左右されるので、みんなが不安にかられると投資は激減する。
不安に駆られた投資家は現金に走る。
流動性選好も高まって金利も上がるので、投資激減に拍車がかかる。
お金を増やして金利を操作するだけでは対処しきれないし、不安解消には時間がかかる。
だから、律儀にバブル潰しをやるより、金利を抑えて、軽いバブル状態を保つほうが最適。
第23章
余談のような章。
第24章 『一般理論』から導かれそうな社会哲学
これまでの理論が社会に持つ意味について考察の章。
◆投資促進のために金利を下げようと主張してきた。
すると金利生活者の安楽死をもたらし
格差もなくなる。
◆公共の役割を大きくし拡大しろという理論だが
社会主義とは違い
個人や民間の自由な活動余地は十分に残してる。
◆自国だけで完全雇用を実現できるようになるから
外国市場をめぐる戦争の要因もなくなり
平和に貢献する。
翻訳者の解説
160
ケインズには、イギリスの階級社会における、上級国民特有の、イヤミったらしさがある。
これは、『素晴らしい新世界』を書いたハクスリーにも通じる、イギリス人特有の階級意識。
ジョン・ヒックスは、ケインズ派の重鎮で
IS-LMモデルの考案により、ケインズ本人よりも、ケインズ理論の普及に貢献した人物。
そのヒックスにさえ
ケインズの「イヤミったらしさ」は指摘されている。
そのイヤミったらさいさを、モロにくらったのが
アーサー・セシル・ピグーだ。
古典派のドンであるアルフレッド・マーシャルの門下生であり、ケインズの大先輩の兄弟子格で、若い頃からずっと友人だったのに
『一般理論』では、一章まるごと使って、ボケ役として嘲笑されている。あまりの仕打ちに、ピグーは大ショックを受け、その後ずっと立ち直れなかった。
165
ケインズのお金の理論は
MMTや、経済における決済機能を重視するメーリングなどのマネービューの考え方にも影響を与えた。
本書で登場する「アニマルスピリット」は、ジョージ・アカロフとロバート・シラーに影響を与えた。
167
ケインズ経済学が現実の世界でたどった道。
大規模公共投資による景気回復という政策。
1930年代にルーズヴェルト大統領のニューディール政策につながったが、決定的な景気回復には至らなかった。
だが、その後
第二次世界大戦という壮絶な公共投資と、それに伴う金融緩和がまさにケインズの言う通り
経済を完全雇用に戻した。
ケインズが一役買った
ブレトン=ウッズ体制が戦後の国際経済の基盤となる。
各国の経済政策は基本的にケインズ理論に基づき、政府が公共投資と金利引下げで完全雇用を実現する。
これが1950-60年代の世界経済の安定と繁栄を生み出した。
(続く)
- 感想投稿日 : 2021年11月22日
- 読了日 : 2021年11月22日
- 本棚登録日 : 2021年11月22日
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