大地のゲーム

著者 :
  • 新潮社 (2013年7月31日発売)
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「じゃあ、わたしもいきる! ー せかいがわたしだけになったら、チョコいっぱいたべる!」

『あのころと私は変わっただろうか。いや、変わっていない。世界で一人になったとき、欲しいのがチョコレートじゃなくなっただけで。』

『いまだと何が欲しいだろう。花の散ったプリントのシルクのワンピース、肉汁のしたたるステーキ、豪華な装丁の美しい絵画が載る美術本。どれも決め手にかける。他の人間に見てもらい、共有して初めて価値が輝くものが多すぎる。』

「自分の居場所は自分で決めたい。だれかに追い出されて、逃げ出したくなんかないの」

「昨日避難伝言板にアクセスできたの。ようやく、母親と連絡が取れた」
「そう、よかったね」
「うん。でも、母親が"私たちの親世代が子どものころ経験した地震災害も同じくらい規模が大きかった。地震のあとに津波が襲ってきた分、もっと悲惨だったといってもいい。でもあのときからも立ち直れたから、今回も絶対に大丈夫"って書いて送ってきたの。私、それに腹が立って」
「分かる。すごくよく分かる」
「いっしょにしないでほしい。どんな昔の体験とも、どんな痛みとも」

『強烈な罪悪感を身体の裏で感じながらも、私たちは生きのびたことを誇っていた。消えた街の明かりの分、私たちは自分たちが強烈な光原だと強く意識していた。』

『「神様の贈り物だよね。一日一日が」
私の言葉に女子学生はうなずいたが、二人とも気まずく押し黙った。汚いことをきれいに言ったことへの、ぬぐいきれない罪悪感が、真っ暗な夜空へ染みていく。』

『どうやってもいまの私たちの気持ちは美談なんかならない。世間やニュースは、苦しいときこそ力を合わせてがんばろう、とか、一つ一つが大切な命、だとかきれいごとのキャッチコピーであふれているのに。』

「本来、私たちは百年機械です。限りある命を持ち、聡明な頭脳を持ち、野生の勘を失わずに危機を乗り越える。百年も稼働し続ける、超精密の機械です。いまこそ、高らかに宣言すべきです。なにがあろうと生き続けることを。
命の果汁を最後の一滴まで飲みほし、味わい尽くすことを誓います。やすらかに呼吸する肺に、勢いよく流れる血潮に感謝します。
私たちに指導者などいらない。あなたのリーダーは、あなた自身です。この崩壊寸前の世界で、あなたを救えるのは、あなただけです。」

「あの子はとてもまじめな子で、地震が起こったときも、けが人のために寝ないで付き添ってあげてたの。あとがんばって受験して入ったこの大学を、誇りに思ってもいた。でも結局努力もむなしく死んじゃったり、大学自体が荒れてゆくなかで、マリさんを恨むことで心のバランスを取ろうとしてるんだと思う。地震さえなかったら、正義感の強い、良い子だった」
「地震が起こるまえに、自分は同性愛者だって告白してた男が、人間関係のもつれで仲間に暴力をふるわれて死んだ事件が、起こったよね。知ってるでしょ? お尻に酒瓶をつっこまれて殺されたの ー あれももし自分の友達が同性愛者でなければ、自分は殺人なんて犯さなかったと犯人が語ればわ情状酌量で許されるの? そんなわけないよね」

「信じられない、受けとめがたい辛いことは、生きているうちに何度か起こるよ。でも起こっちゃったあと、どれだけ元の自分を保てるかで、初めてその人間の資質が見えてくるんじゃないの。なにも起こらなかったときは良い人なんて情報は、なんの役にも立たないよ」

「だれもがあんたみたいに、強くいられるわけじゃない」
「強くなんかない。でも予想外の不幸を、免罪符のように振り回す人間には、ちゃんと自分の考えを言いたくなる」

『私があなたの心配までするなんて、身の程知らずと言われるかもしれない。でもあなたを支えられたら、かすかにでも微笑ますことができたら、私の重荷はなくなる。二つ背負ったはずなのに、むしろかるがるとして、ホッとする。』

『夏休み前の地震で一つ学んだことがある。もしかしたら私はその学びを生かし、実践するために、新しい災害が起こるのを心のどこかで、ずっと待ち望んでいたのかもしれない。
人がたくさん死ぬときに殺せ。』

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 綿矢りさ
感想投稿日 : 2017年6月24日
読了日 : 2017年6月24日
本棚登録日 : 2017年6月24日

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