新書723桜は本当に美しいのか (平凡社新書 723)

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  • 平凡社 (2014年3月14日発売)
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感想 : 17
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「ぱっと咲いて、ぱっと散る」ことから日本を代表する美意識の代名詞とされ、軍国主義の象徴にもされてきた桜。しかし、ナショナリズムの美学と桜との関係については問題提起にとどめられ、むしろ万葉集からさかのぼって、日本の文学の中で桜が何を象徴するものとして生成してきたのかを探求する、興味深い文学論となっている。
万葉集の当時においてはむしろ呪術性の象徴であり、美意識に関しては梅の脇役でしかなかった桜が、貴族社会の中で最も好んで謳われる主題となっていくことを、水原氏は「美の通貨となる」という言い方をしている。岩井克人氏の貨幣論の言い方を借りれば、桜は、美しいものだと多くの人に思われているからこそ美しくなるというわけだ。
多くの高名な歌人がすぐれた桜の歌を詠んでいるが、この本であらためて目を開かれたのは藤原定家の一連の作品である。桜という小さな窓から足元も定かならぬ世界へと誘い込まれるようなこの作品世界は鳥肌が立ちそうだ。
桜を通した文学ガイドはそれだけでも面白いのだが、水原氏の主眼は、美意識の通貨としての桜を流通させる共同体の欲望の方にある。ナショナリズムのために動員された桜インフレ時代を経て、穂村弘が詠む明るい空虚のバブルめいた桜の光景と、斎藤斎藤や永井祐が詠む荒涼とした桜という空疎な記号、そしてひたすらに優しい欲望を謳いあげる反知性的な桜ソングに、桜が良くも悪くも、たしかにこの社会を表象し続けていることを実感させられる。
ただ、桜を美意識の通貨として流通させる共同体論としては、水原氏の奥ゆかしさのせいなのか、ほのめかす程度にとどめられており、一定の共通した認識を根底にもたないと、一貫した論旨を読みとっていくのは困難かもしれない。ナショナリズムの美意識と桜の問題にしても、「桜ソング」に惹かれて手に取る若い世代もいることを考えれば、もうすこし丁寧に論じてもよかったのではあるまいか。そういう意味では不満が残る。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 歴史と社会
感想投稿日 : 2015年1月4日
読了日 : 2014年12月28日
本棚登録日 : 2015年1月4日

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