グラン・ヴァカンス: 廃園の天使1 (ハヤカワ文庫 JA ト 5-2 廃園の天使 1)

著者 :
  • 早川書房 (2006年9月30日発売)
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AIたちが終わりなき夏を過ごす仮想空間「数値海岸<コスタ・デル・ヌメロ>」。ゲストとして訪れる人間をもてなすために構築されたこの世界には、もう1000年もゲストが訪れたことはなく、AIたちがルーチンのように夏の日々を過ごしている。
そんな平穏にして停滞した世界に、ある日突然災厄が訪れる。世界を無効化するために現れた<蜘蛛>、それを操る謎の存在。AIではあるものの確個たる自我を持つ彼らは、自己の存在を死守するために蜘蛛との戦いに臨む。終わりなき夏のとある一日、絶望的な攻防戦が幕を開ける・・・

飛浩隆作品は、これまで短編をいくつか読んでいますが、鴨的には正直なところ「何が描かれているのか/何を伝えたいのかよく判らない」という印象で、ハードルが高いなと思っておりました。が、この作品は非常にストレートに世界観に入っていくことができ、世界観の解像度が半端なかったです。長編向きの作風なんですかね。

作品の冒頭では、AIたちが「暮らす」南仏の片田舎の港町風の素朴な生活が、淡々と描かれていきます。この過程において、AIが極めて人間的な「官能」の能力を持っていることに、鴨はまず違和感を覚えました(ここでいう「官能」は、いわゆる性的なそれだけではなく、五感を総合する広い概念を指します)。が、後半において、AIたちにそこまでの能力が付与されている理由が明らかにされます。
「数値海岸」は、単なる仮想リゾートではなく、性的嗜虐趣味を持ったゲストの快楽を満たすために、AIたちが従順に苦痛を受け入れることを目的として構築された世界である、という真相。反吐が出そうなほどおぞましい描写が、延々と続きます。でも、AIたちは「そのために作られている」存在であり、粛々と受け入れるしかありません。どこにも逃げ場のない、絶望的な修羅の世界。そんな残酷な世界でも、彼らはそれを守らずにはいられない。

語弊を恐れずに申し上げると、鴨は「村上春樹っぽいな」と思いました。
極めて凄惨で残酷なことが描かれているのに、極めて静謐で美しい筆致。ロジカルに突き詰めるなら、突っ込みどころは満載です。でも、そんな突っ込みどころを圧倒的な力でねじ伏せるだけの美学が、この作品には感じ取れます。そんなところが、ちょっと村上春樹っぽいな、と。
さっそくシリーズ2作目「ラギッド・ガール」を購入しました。この世界観がどのように展開するのか、楽しみにしています。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: SF(日本・長編)
感想投稿日 : 2019年5月9日
読了日 : 2019年4月30日
本棚登録日 : 2018年11月29日

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コメント 2件

たまもひさんのコメント
2019/05/10

こんにちは。うんうん、そうねそうね!と激しく共感しながらレビューを読みました。「廃園の天使」シリーズはマイオールタイムベスト10に入るかなというくらい気に入っているのですが、よくわからない…と思う飛作品も結構あるのです。「象られた力」とか最近では「自生の夢」とか。
でも「ラギッド・ガール」は強烈に良かったです。色彩豊かなのに静謐、という独特の世界にやられました。鴨さんの感想が楽しみです!

ま鴨さんのコメント
2019/05/11

をーたまもひさん、お久しぶりです!コメントありがとうございます。
そうなんですよね、鴨的に初めて読んだ飛浩隆作品が「自生の夢」だったもんで、「???」なイメージしかない作家だったんですが、「グラン・ヴァカンス」ですとんと腑に落ちた気がします。「ラギッド・ガール」楽しみです!

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