アメリカのノースカロライナ州の入江の多い海岸線のある地域の“湿地”。そこは、人々から「大西洋の墓場」と呼ばれ、船が難破しやすいところで、また、一見不毛の地に見え、誰も住みたがる人などいなかった。そこの住人はというと、追放者や債務者、戦争や法律から逃げてきた者、逃亡した奴隷など、記録に残らない者たち。彼らは独自の法に基づいて生き、町の人々も彼らのことには関わりを持とうとしなかった。
カイアはその湿地にある小屋で父母と何人かの兄弟と暮らしていた。父親は戦争で負傷し、働かず、酒ばかり呑んで、家族に暴力を奮っていた。母親は美しく、良家の出身で芸術や文学の趣味を持った人であったが、そのような夫と一緒になってしまい、貧困と暴力に耐えながらも家族が少しでも快適に暮らせるよう工夫したり、いつもカイヤを明るい笑顔で包んでくれる人であった。
しかし、その母がついに出て行ったまま帰ってこなくなった、父の暴力に耐えかね、身を守るために本能的に出て行ったのだ。六歳のカイヤが二度と振り返ってくれない母の姿を見送るシーンはとても切なかった。そして同じ理由で他の兄弟たちも次々と家を出て行き、父親もたまにしか帰って来なくなり、とうとうカイヤは一人になった。
町の教育委員会がカイヤを迎えに来て、学校に連れて行ったが、「貧乏白人(ホワイト・トラッシュ)」と呼ばれるカイヤは差別的な目で見られ、耐えかねて逃げ出し、二度と学校へは行かなかった。
まだ子供で、字も読めないカイヤがどうやって生きていったか。貝を掘ったり、魚の燻製を作ったりして、それをジャンピンという黒人が経営する生活用品店に売りに行き、ジャンピンの店からボートの燃料を買ったり、古くなった服を分けてもらったりしていたのだ。カイヤが心を許せるのはジャンピン夫婦と湿地の生き物たちだけ。カイヤの楽しみは湿地で拾った珍しい鳥の羽や貝などを集めて、分類して飾ること。字が書けないので、独自のマークを付けて分類していた。私は母親目線でカイヤを抱きしめたくなった。
もう一人カイヤの味方になってくれた人がいた。ある日、切り株のテーブルのような所に珍しい鳥の羽が置かれて
いた。カイヤはそれを喜んで持ち帰り、お返しにカイヤも珍しい鳥の羽を置いておくと次の日には無くなり、代わりに別の美しい羽が置かれていた。そしてカイアもまた…。字の読めないカイヤに代わりにカイヤの心に響く物を使ってメッセージを伝える行動は鳥や動物の求愛の手段のようでみずみずしい。テイトはカイヤが一番慕っていた兄、ジョディの友人。カイヤに惹かれ、カイヤに文字を教え、湿地の自然について書かれた本を貸したりした。テイトに文字を習ったおかげで、カイヤは家の片隅に残っていた聖書を見て、自分や家族の本名を知ったり、母の残した詩集を読んだり、自然に関する知識を深めたりした。湿地の自然を愛する二人は惹かれあった。だけど、テイトは大学入学とともにカイヤの元を離れた。必ずすぐに会いにくると言ったのに、戻って来なかった。
家族にも唯一愛したテイトにも捨てられ、それでもカイヤは逞しく暮らしていったが、やはり愛情にうえていた。町のナンパな青年、チェイスに惹かれ、遊ばれてしまったが、カイヤは本気になってしまった。「結婚しよう」とまで言われたのに、チェイスが他の女性と婚約したことを新聞で知る。
チェイスのことに傷つき、「やり直したい」と謝るテイトの所に戻る気にもなれず、カイヤは増々自分の湿地の生き物の研究に没頭し、テイトの勧めで本を出すまでになる。
しかし、結婚してもなお、カイヤを付け回し、暴力を奮ってまでカイヤをものにしようとするテイト。そんなとき、テイトの死体が海岸で見つかり、カイヤは疑いをかけられる……。
動物学者、ディーリア・オーエンズによる未開の湿地の魅力が存分に書かれた小説。カイヤは誰も住みたがらない湿地で生き物の世界の奥深さ、自然の豊かさと残酷さを知る。カイヤが差別される社会は湿地で観察出来る自然界の掟に似ているとカイヤは自覚する。カイヤの目の前に広がる自然だけでなく、カイヤの心の中も誰よりも豊かである。誰も経験しないような孤独、誰よりも強い生命力、誰よりも深いピュアな愛。未開の湿地と人間の心の美しさを知ると同時にその両者の本能的な恐ろしさも教えてくれた小説だった。
- 感想投稿日 : 2021年11月27日
- 読了日 : 2021年11月27日
- 本棚登録日 : 2021年11月27日
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