82年生まれ、キム・ジヨン (ちくま文庫 ち-19-1)

  • 筑摩書房 (2023年2月13日発売)
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 知らなかった。私より一回り若い1982年生まれのキム・ジョンが生まれた頃の韓国では、女の子が生まれるとお姑さんに「申し訳ありません」と涙をこぼしてあやまり、二人めも女の子だと「この次には男の子が生まれるから」と「優しく」慰めてもらい、三人めも女の子だと分かると母親は自らその子を無きものにし(中絶し)ていたなんて。実際、90年代の初めには男女の出生比は、男児が女児の二倍以上だったそうだ。このような事情で、次女として1982年に生まれたキム・ジョンの妹になるはずだった子は抹殺され、その下の弟は無事に歓迎されて生まれた。そして、家族の中では、炊きあがった温かいご飯が父、弟、姑の順にいつも配膳され、姉のキム・ジョンにはおかずも形の崩れたものやかけらばかり、学用品も布団も傘も弟にはいつも新しいものが揃えられたのに、姉とキム・ジョンのものはデザインが揃っていなかったり、二人で一つだったりだったそうだ。それでもそれが当たり前だと思って育ったという。
 学校での名簿は男子のほうが先で、名簿順に給食が配膳されたので、最後のほうに配膳される女子はいつも「食べるのが遅い」と怒られ、中学校の制服も「男子はスニーカーでも良いが、女子は革靴以外ダメ」など、何故か女子のほうが不当に厳しかったとか。
 キム・ジョンの母親世代はもっと辛かった。小学校を出るとすぐに家事や農業、続いて辛い工場での労働を経験し、その給料は兄や弟の学費に充てられたのだそうだ。
 確か私が学生の頃だったと思うが、韓国で連日デモや学生運動をしている様子をテレビで見ていたことがある。日本では自分が生まれる少し前の出来事だったよなと思いながら。今、調べてみるとそれはフェミニズム運動とかではなく、民主化運動だったらしいが、そういう潮流もあって社会の考え方がだんだん変わってきたのか?キム・ジョンの時代には「女が学問をする権利」は得ていて、そこへ母親世代の人が「自分たちの分も夢を果たさせたい」と娘たちにエールを送り、キム・ジョンが大学に進学した2001年には大学進学率が、女子が67.6%、男子が73.1%と既に日本を上回っていたのだそうだ。
大学から就職、就労、子育て、ワークライフバランスについては、私の世代の日本の女子でも同じような女性蔑視発言とか差別とか受けていた思うが、幸い私は環境に恵まれていたので、あまり女性差別は実感したことがなかった。けれど、こんな発言のほうが、男性からの女性蔑視発言よりも実は顰蹙なのかもしれない。結局、自分の環境が良かったというアピールなのだから。
 女性差別って、「男性が女性を軽く見ている」ということではなく、経済的に余裕がなかったり、格差のある社会の中で、自然に起きてしまうことだと思う。だから、あまり差別を実感してこなかったということは恵まれていたということだと思う。
 そんな私が、この小説を「面白い」と言っては叩かれるだろうか?どこが面白いかというと、キム・ジョンのお母さんの生き方だ。自分は小学校しか出られず、兄や弟のために働かされ、結婚した後は姑に気を使っていたが、器用さを活かして美容師をしてせっせと働き、せっせと貯金し、家事も子育ても一人で行ってきた。そのおかげで、マイホームを持つことが出来、お姑さんを抑えて娘達にも部屋を与えた。韓国の経済危機で夫がリストラされ、「友人と事業を始める」とほざいたときも「そんなバカなことをしたら離婚するよ」と言い、代りに自分が投資目的に買っていたビルの一角で「お粥屋さん」を始めさせたらそれが当たって、キム・ジョン姉妹は大学を出ることができた。夫が自分が仲間たちの中で一番余裕のある生活をしていることを知って「半分はお母さんのおかげだよ」と言ったときには「私が七であんたが三でしょ」と言ってのけた。スカッとする。
 私はフェミニストではないが、こういう、負の状況でも工夫して頑張って自分も周りの環境も良くしていく女性の物語は朝ドラのようで頼もしい。
 この小説はキム・ジョンの祖母の世代からの韓国の女性の生き方が描かれており、全然スケールが違うが、四半世紀くらい前によんだ中国の女性三代にわたるノンフィクション「ワイルド・スワン」を思いだした。1952年生まれのユン・チアンの祖母からユン・チアンまでの三代記。祖母は「纏足」時代の人で、母は文化大革命を生きた人だ。時代の潮流と女性の物語は読み応えがある。
 最後に解説の中に「Kポップのガールズユニット レッド・ベルベットのアイリーンが本書を読んだと発言したところ、一部男性ファンが「アイリーンがフェミニスト宣言をした」と言って反発。アイリーンのグッズや写真を破損する様子を動画投稿した」ということが書かれていたが、「フェミニスト」についての議論する価値もないバカはいつの時代も何処の国にでもいるものだと呆れた。「読んでから言え」と言いたくなった。


読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2024年3月20日
読了日 : 2024年3月20日
本棚登録日 : 2024年3月20日

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