イェレナ、いない女 他十三篇 (ルリユール叢書)

  • 幻戯書房 (2020年10月26日発売)
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2月15日、ウクライナ国境に近いベラルーシ南部のプリピャチ川に、新しい橋が架けられた。
橋は川を隔てた村と村、町と町とを繋ぐものだが、世の中には侵略するための橋、分断するための橋もあるのだ。
プーチン氏の「橋」が、もう一つの「橋」、イボ・アンドリッチの「橋」を呼び起こさせた。/


「橋」:
【人間が生きる本能に駆られて築き、建てたものの中で、私の見るところ、橋よりも優れ、価値あるものはない。橋は家よりも大切であり、普遍的であるだけ聖堂よりも神聖である。だれのものでもあり、だれに対しても平等で、役に立ち、人間の必要がいちばん多く交錯する場所に、常によく考えて造られており、他の建造物よりも堅牢で、秘密のことや悪しきことには使われない。

ー中略ー

そのように、世界のあらゆる場所で、私の思いの向かうところ、留まるところではどこでも、忠実で寡黙な橋に出会うのである。それらはまるで、心や目や足の前に現れるものすべてを結びつけ、和解させ、繋ぎ合わせて、分割や敵対や別離がないようにするという永遠の、飽くことなき人間の願望のようなものだ。】/


「一九二〇年の手紙」:
【親愛なる竹馬の友よ 

(前段略)だがしかし、ボスニアの人びとが、(略)認識しなければならず、けっして見過ごしてはいけないことがある。それは、ボスニアは憎悪と恐怖の土地だということです。

ー中略ー

ところが、ボスニア及びヘルツェゴビナでは、(略)多くの人びとがさまざまな動機やいろいろな理由のもとに、無意識の憎悪に駆られて、互いに殺したり殺されたりする。これが事実なのです。】/


ボスニア紛争の後、難民を助ける会が「スルツェ」という活動をしていた。
「スルツェ」とは、セルボ・クロアチア語で「心」という意味で、旧ユーゴ紛争後の戦争トラウマを抱える人たちに対して心理社会的な支援を行うという活動だった。
その後、NHKのドキュメンタリーで旧ユーゴ諸国の現状が取り上げられていたが、一度民族間に掻き立てられた憎悪の炎を消すには、まだまだ多くの時間を要するように感じた。/


プーチン氏がやってみせたように、「橋」を壊すための橋は、いとも簡単に作れるものなのかも知れない。
それと同じように、人々の心の中に「憎悪」を作り出すのも、案外簡単なことなのかも知れない。
だが、一度壊された「橋」が再建されるためには、どれだけの時間を要するのだろうか?
いったいどれだけの人が死んだら、為政者は愚行を繰り返すのをやめるのだろうか?/


【美は、地上では手に入らず、彼岸にある。】(訳者解題)

ひょっとしたら、平和もまた同じようなものなのかも知れない。
「橋」もまた、虹なのかも知れない。/


※本書は、『サラエボの鐘』(恒文社、1997年)をもとにしており、「エクス・ポント(黒海より)」と「不安」は、同書に収録されているものの新訳である。また、「作家としてのニェゴシュ」の代わりに「コソボ史観の悲劇の主人公ニェゴシュ」を収め、新たに「三人の少年」と「アスカと狼」を加えた。


(注)NHKのドキュメンタリー:
“虐殺”の傷は深く~紛争終結から10年 ボスニアはいま~

https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/2185/index.html

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 東欧文学
感想投稿日 : 2022年2月24日
読了日 : 2022年2月24日
本棚登録日 : 2022年2月15日

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