ペスト (中公文庫)

  • 中央公論新社 (2009年7月25日発売)
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感想 : 8
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【デフォー『ペスト』:感性と常識】
ダニエル・デフォーの『ペスト』を読んだ。デフォーって誰?『ロビンソン・クルーソー』の作者だよ!おお…そっか。
デフォーの『ペスト』は、1665年のイギリスのペストの大流行を描いた、ルポルタージュ…と思いきや、フィクションなのね、これ!!

ものすごく克明に、増えて行く死者の数とか、どのエリアからどのようにペストが広がっていったか、市民や政府はどのように振る舞ったか、医者は何を言ったか、などなど、微細に淡々と網羅するように描いているので、ノンフィクションかと思ったら、デフォーが5歳の時に体験したペストを、60代になって書いたもんだったわ。

すげーーーーー

とは言っても、小説としては面白くない。と思う、多分…。コロナ流行ってないなかで読んでも、「つまんねー」って思って読み飛ばしまくっちゃうと思う…

今読むと面白いのは、伝染病ってどういうものか、まざまざと体験してるからよね。そして、時代を経ても人間って変わらんなぁ…と笑ったり嘆息したり。同時に、「医者も政治家も私たち市民も、みんな先にこれ読んでたらちょっとは賢く振る舞えたんじゃない!?」って思うよね。

興味深かったのは、18世紀を生きる作家(であり商売人であり、スパイ?だった)デフォーのうちに存在する、「敬虔なクリスチャン」と「科学的であろうとする態度」の混在。

イギリス国教会派の立場で描いたフィクション(実際のデフォーは非国教会派)ということもあるのかもしれないけど、いやいやそれを超えて、節度と良識ある振る舞いを褒め称え、悪意ある行いを憎み、神のご加護を口にする。一方で、疫病の原因を天体に求める説は荒唐無稽と退け、ペスト専用病院が一つしかなかったことを失策と非難し、飛び交う医師や学者の諸説を、自分の実体験からふるいにかける。
(ちなみに、すでに未発症者からも感染することやその潜在期間は2週間程度であることをデフォーは見抜いている。)

しかも、かわいい人だなと思うのは、ところどころに描かれる、愚かな振る舞いに対して「実は私もそうだったのである」との告白。
…なんかこの人、むちゃくちゃ素直でいい人だったんだろうな…

最近私は、大衆作家というか、広く大衆に受け入れられもてはやされる芸術家についてつぶさに分析する機会を持っているのだけど、この「類いまれなる空想力」と「まったく当たり前な、常識的なものの見方」、この二つが絶妙な、しかもその人ならではの感性を持ってバランスしている時に、素晴らしい作品が生まれ、一世を風靡するんだなぁと実感している。(いわゆるハイ・アートな、生活破綻型の芸術家は違うけれども、そういう人は大概生きている間は不遇だ。)

5歳の時のおぼろげな記憶を、今そこで見てきたように生き生きと活写する想像力と、小市民と言って良いほどの良識。この人が、『ロビンソン・クルーソー』の作家として大成功する(書いたのなんと59歳!)のはとても納得がいく。

ところで、デフォーの描く、「疫病終息後のロンドン」は。

まず、疫病の力が弱まってきたとき、まだまだ新規感染者も死者もいるのに、「すこぶるせっかち」に「自分の身の安全のことも病毒そのものももはや眼中になくなってしまった」。で、「死んだ者も多かった」。

9月に最初の噂を聞いてから、12月にはロンドンで流行が始まり、春、夏を越えた(エリアにもよるが8月がピーク)ペストは、クリスマスを越えて終息していく。

「ロンドンが新しい相貌を呈するようになったのだから、市民の態度も一変した、と本来ならばいいたいところである。(略)しかし、(略)市民の一般的な生活態度は昔通りであって、ほとんど何の変化も見られなかったのである」。

あらー。残念。
「死を目前に控えた場合、立派だがそれぞれ違った立場を持っている人も互に融和し合う可能性がある」と、夢見ていたのにね。

ほんと、デフォーはそのことを生涯夢見ていたんだなぁと思うよ。


…コロナが終息したあとの私たちがどのように振る舞うか、学びを生かせるか生かせないか。私たち次第ですな。

夢を見つつ、現実を生きる。私らしいバランスを持って。
それは芸術家の昇華とは違うかもしれないけれど、充足した生を全うするうえではとても大切なことだと思う。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 伝染病、パンデミック
感想投稿日 : 2020年6月24日
読了日 : 2020年6月24日
本棚登録日 : 2020年6月24日

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