魯山人の料理王国

  • 文化出版局 (1980年2月25日発売)
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感想 : 20

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挫折時にひもといた魯山人 松浦弥太郎 常に立ち返る仕事の哲学
2024/2/10付日本経済新聞 朝刊
20歳の頃、「これを読むといい」と、メンターにしていた方から渡された北大路魯山人の『魯山人の料理王国』(文化出版局)。


ページを開くと、べっ甲の丸メガネをかけた恰幅(かっぷく)の良い男が笑った写真があった。無邪気でにくめない顔が印象に残った。当時、食や料理のことはたいして関心が無かった。本棚の隅に何年置いていたかわからない。

取り組んでいた仕事がうまくいかずに挫折したとき、助けを求めてメンターに会った。「魯山人の本をもう一度読みなさい」と言われた。まだ読んでいないと言えず、家に帰って本に手を伸ばした。

巻末の略歴から目を落とした。京都生まれ。生家が貧しく養子に出され転々とする。日本画、書を独学。書道教授となり、篆刻(てんこく)を始める。東京・京橋で美術骨董店を創業。その後、自ら料理をする星岡茶寮を開き、使う食器を作り始める。トラブルで茶寮を追われ、陶芸に尽くす。晩年に欧米を巡遊。76歳で死去。

優等生ではなくいわばアウトロー。豪快ながら自己の美学を追求した魯山人という人物に興味を持った。この人の書く言葉に耳を傾けようと思った。

エッセイ集だが、やさしいものではなく、どちらかというと耳に痛い読み物だ。本当のことが書いてあるから仕方がない。

おおまかに言うと、食と料理を通じて、仕事とは何か、学びとは何か、美しいとは何か、おいしいとは何かを、深く哲学し、読む者を笑わせ、叱り飛ばし、やさしく諭すような魯山人節とも言える語り口が魅力の一冊だ。

考えることも、聞くことも大切。同じように実行することはもっとも大切だ。こうしたいああしたいと思っても、何もしない人があまりに多い。難しいことは何もない。ただちに実行すること。道はいつも一番手近の第一歩から始まる、と魯山人。理屈をこねて実行に欠けていた自分が恥ずかしかった。仕事がうまくいくはずがなかった。

料理をする心がけとは何かと問われ、「親切と真心を欠くな。それを現せ。それを現すためには工夫せよ」と魯山人は答える。

いわく、仕事とは、親切と真心の技術であり、その工夫と実行である。この理解に、当時仕事に悩んでいた自分がどれほど救われたかわからない。そして、今に至っても立ち返るべき仕事の基本になっている。

食いしん坊も楽しめる本でもある。「お茶漬の味」という章で紹介されている数々のお茶漬けは、つばが出て困るくらいだ。

(エッセイスト)

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読書状況:読みたい 公開設定:公開
カテゴリ: Cooking
感想投稿日 : 2024年2月10日
本棚登録日 : 2024年2月10日

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