新川和江詩集 (ハルキ文庫 し 7-1)

著者 :
  • 角川春樹事務所 (2004年3月1日発売)
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小池昌代さんが巻末に「言葉の農婦」という素晴らしいエッセイをよせていらっしゃいます。
「新川さんの詩は、日常生活のなかでひととひととが交わす言葉の意味のレベルとほぼ同じ高さで読むことができる。その点で少しも難しい詩ではない。(中略)『扉』という詩は、まだ幼い子供の母である自分と働く(創造行為をする)自分とが分裂してしまう詩で、おそらく新川さん自身が、モデルだと思う。女性性というものを、いつも引き裂かれてあるものと言ったのは誰だっただろう。新川さんの詩には、その意味で常に「性」というものがある。この引き裂かれた破れ目の予感がある。引き裂かれてあるものとして、新川さんは、常に女であり、母であり、だからこそ詩人でもあった。(中略)わたしを名付けないでと懇願したひとは、しかし、母と呼ぶ者の前には母の顔になって妻と呼ぶひとには妻の役割をはたそうと、実際にはせいいっぱい、うごきまわるひとのように見える。(中略)それ以上でも、それ以下でもない、じゃが芋がじゃが芋であることの、正確な重み。それを量ろうとして、しかし秤は揺れ止れない。この言葉の農婦は、こうしたことの一切を知って、そっと慎み深く言葉を置く。それを、わたしは、真摯な「労働」のように感じる」
「扉」
締め切り日が近づくと
わたしはますます無口になり
仕事部屋をくらい海底のように澱ませて
岩かげに終日ひっそりと魚鱗を光らせていたりした
するとおまえは
幼い足どりで廊下をつたって来ては
かたくなに閉された扉の前に立ち止り
飽くことのない情熱で母の名を呼びたてるのだ
ママ!ママ!ママ!
(中略)
くりかえし呼びたてたのち
扉をひらいて抱きあげてくれるひとが
おまえにとって母の実感なのだった
その声をきいていると
われとわが身が次第に頼りなくなって来た
わたしは無機物になり
おまえの背後によりそって
せつない声をはりあげていた
わたしよ!わたしよ!わたしよ!
〈後略)

この選集は3部構成で、初期詩篇では「ひばりの様に」「れんげ畠」「橋をわたる時」「しごと」。それからでは「「ノン・レトリックⅠ」「わたしは 何処へ」「骨の隠し場所が…」幼年・少年少女詩篇では「二月の雪」が特に好きでした。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 新川和江 詩集
感想投稿日 : 2019年5月27日
読了日 : 2019年5月27日
本棚登録日 : 2019年4月17日

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