為政者が書かせる史書には記述されないが、確かにあったはずの民衆の生活史にスポットを当てた本である。サントリー学芸賞を受賞しただけあって面白かった。
政治体制、社会制度、経済制度、法律、思想宗教は無数の庶民の生活の上に成り立っている。庶民の生活を知らずして、抽象的な概念を理解することは難しい。本書を貫いているのはそのような視座である。
中世のヨーロッパにおける川や橋を含む道、定住者と放浪者、農民と職人の在り方を詳細に解説してくれる。アジールの機能から職人の身分確認の方法まで、取り上げる話題は幅広い。
職人が遠方に職を求める場合、紹介状や身分証が必要になるが、文盲の多い中世にあっては服装や舞踏のようなステップが今でいう身分証や紹介状のような役割を担っていたという。当時の人々の息遣いが感じられるような、また、現代と地続きであることを自覚させられるような例が多く出てくる。
同じくサントリー学芸賞を受賞した『ゴシックとは何か 大聖堂の精神史』のよい補助線になった。『ゴシック~』では農民の信仰や開墾運動、都市への移住について語られる。社会精神史といったていで、無名の人々の文化風習に迫るものではない。本書を読んで、点々でしかなかった点描の全体像が非常にうっすらとではあるが浮かび上がった感じがする。
中世ヨーロッパを下敷きにしたと思われるゲームやアニメなどが日本には多くあるが、そのほとんどが『指輪物語』とそれに影響を受けた「ドラクエ」を出発点とし、現実の中世とは違う独特の世界を作り上げている気がする。ファンタジーなのだから、それが悪いとは言わないが、魔法もなく、書物もなく、糞尿にまみれ、飢饉や疫病、差別と隣合わせだった世界に生きた人の物語ももっとあっていいのではと思った。
- 感想投稿日 : 2022年9月11日
- 読了日 : 2022年9月11日
- 本棚登録日 : 2022年8月23日
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