人新世の「資本論」 (集英社新書)

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  • 集英社 (2020年9月17日発売)
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どうしても「脱成長」的な社会主義というのは、クメール・ルージュや文化大革命のイメージがついてまわるが、本書で述べられている脱成長社会は技術や民主主義を両立させる第三の道である。基本的に今の政治も経済も背後に哲学がないので、本書のような哲学をベースにした社会を考える取り組みはとても興味深かった。多少無理のある主張も無くはなかったが、庶民の前にはほとんど出てこない左派の思想がそれなりの分量で登場する点と、晩期マルクスの紹介により、私のマルクス観を刷新してくれた点でここ数年読んだ新書の中では一番面白かった。

率直に、本書で述べられる資本主義の問題点および晩期マルクスをベースとした脱成長コミュニズム社会は大部分で共感できた。それは、私の住む福島が「外部化」の典型例である原発事故で街が失われ、近年も自然災害が多発していることや、自治会の活動や消防団などの市民によるボランティアが盛んな風土であるということで、本書にあるような世界が想像しやすいからだと思う。私が住むところは都市部に比べ経済的には貧しいかもしれないが、「豊か」なところであるとは実感している。東京で学生生活を送った身としては、なぜあれほど多くの人が東京で(相対的に)貧困な生活を嬉々として営んでいるのか不思議に思うときもある。

ただ、本書で述べられているような市民的な共同体というのは否応なくリアルな人との関わりが要求されそうな気がした。(「コモン」と謳っているだけあって)「豊かな」世界ではあるが、それ以上に、ただ同じ街に住んでいるだけの他の市民とつながりを持つことを煩わしく思うのではないだろうか。このような個人主義的な社会が成熟したのはここ半世紀程度のことなのかもしれないが、そのような社会の形態を巻き戻していくことが、実は生活水準を巻き戻すことよりも難しいように感じた。実際のところ、私たちは資本主義に対して「成長」も経済的な豊かさも求めてはいない。自分自身、もしくは心地の良い人とだけで成り立つ世界で生きるために、私たちは進んで資本の「奴隷」になったのではないか。

読んでいてふと思ったが、『おかえりモネ』の宮城編の世界は割と脱成長コミュニズムに近いのではないだろうか。森林組合で働く人々(大資本に対抗するシーンもある)、コミュニティFM、海産物や農産物の地産地消など、労働が資本家から比較的取り戻されている世界になっている。加えて、森林と海の関係性を説くエコロジー的な要素もある。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 仕事
感想投稿日 : 2022年1月25日
読了日 : 2022年1月22日
本棚登録日 : 2021年9月6日

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