養育者(保育者・親)に求められる姿が書かれている。
・子どもの力に絶えず驚きながら、その詠嘆のひまもすきもない程に、細かい心づかいに忙しいのが、教育(教育者)である。
・子どもにとって、世話をしてくれるのは有り難い先生。しかし、有り難い先生よりも、もっとほしいのはうれしい先生である。うれしい先生は、その時々の心もちに共感してくれる先生である。
・子どもが飛びついてきた。あっと思う間にもう何処かへ駆けていってしまった。飛びついてきた瞬間の心を、その時ぴったりと受けてやっただろうか。いつ飛びついてくるか分からない子どもたちである。
・幼児教育の要諦は、親切である。親切とは相手に忠な心であり、相手の為に己を傾け注ぐ態度である。
・ほいほい可愛がられて育った子ども。大切に可愛がられて育つくらい幸せなことはない。併し、その幸せはどこまでほんとうの幸せか。やや成長してから、ほいほい子の受ける害は独立心の出来ないことである。
・子どもが帰ってからの反省を重ねている人だけが、真の保育者になれる。翌日は一歩進んだ保育者として、再び子どもの方へ入り込んでいけるから。
・ぐずぐず癖。子どもとして最も罪のない癖。心で思うことが直ぐ実行に移らないのである。本人も自分でどうすることも出来ないのが癖である。
・(甘やかしているうちに)つけるつもりでない癖をつけてしまう。それをもどすのが親の責任。相当根気よく骨を折らなければならぬ。親が悪かったのであるから、わが子に済まなかったというくらいの、厳粛を感じて、親切に、周到に、それを矯す心がなくてはなるまい。
・子どもの悪癖に対する処置。親が真剣に、悲しみに堪えないことを示すこと。その子と自分だけが知っていることにして広く知らせぬこと。他の楽しみを覚えさせて、転換の方法をとること。
・「夏期悪癖養成所参観談」の例えが面白い!
- 感想投稿日 : 2012年2月5日
- 読了日 : 2012年2月5日
- 本棚登録日 : 2012年1月5日
みんなの感想をみる