不倫 (文春新書 1160)

著者 :
  • 文藝春秋 (2018年7月20日発売)
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脳科学者である著者による「なぜ人は不倫をしてしまうのか」をテーマにした本。
脳科学だけではなく、認知心理学、社会学、生物進化学といった広範な理論からこれを明らかにしようとする。想像していたよりも深遠なテーマだった。

簡単に要約する。
人類をはじめとする哺乳類のスタンダードは、一夫多妻若しくは乱婚であり、人類も狩猟生活時代は同様だった。
人類が今のように一夫一妻制を取り始めたのは、農耕を始めて集団生活をするようになったからで、一万年前からでしかない。さらにその理由も集団が大規模化したことによる性病の蔓延への対策だとされており、倫理的な変化ではなく生存戦略である。

動物としての進化の時間軸からするとこの変化はかなり直近のものなので、人類はまだ遺伝子レベルでは一夫一妻制に適用できていない。
現実、著者によれば「不倫型」遺伝子を持つ人は男女問わず50%程度いるという。
これがざっくり「人はなぜ不倫をしてしまうのか?」への答えである。

著者はさらにここから「人が不倫をしてしまうのは仕方ないことなのに、なぜここまでバッシングの対象になるか?」に繋げていく。こちらのほうが読み応えがあった。
それは簡単に言うと、不倫している男女に対する「妬み」である。不倫を叩く人は、家庭の形成・維持や子育てという「コスト」を払わずに、恋愛の快楽やスリルを楽しんでいる男女が羨ましくて仕方ないのだ。

こうした共同体の(若しくは個人の)規律やルールを破る人に対する正義ゆえの制裁行為は、社会学では「サンセクション」と呼ばれ、共感性が高い人ほどこれをする傾向にあるという。女性のほうが他人の不倫に対して関心を示すのは、オキシトシン受容が多く共感性が高い故である。

不倫のブレーキとなりえるのはこのさんセクションである。共同体から追放されるという恐怖のみがこの欲望を抑えることができる。
パートナーへの思い遣りとか、責任感は不倫のブレーキとはならない。これらの高次的な脳の機能は後追いで発達してきた部分なので、根源的な欲求をストップさせることはできないのだ。
故に相手の不倫を抑えるためには、明確なデメリットとペナルティを提示しておく必要がある。

遺伝子的な視点から見ても、進化論の視点から見ても、人が不倫を無くすことはできない。
しかし、人間が高度な社会性を持つ動物である以上、不倫をバッシングする行為も止められない。
我々はこの矛盾を無くすために無駄な努力をするのではなくて、この矛盾を抱えて生きていかなければならない。

そもそも、「恋愛・結婚・生殖」はセットではないし、文化的後付けで規定されているに過ぎない。世界では婚外子を社会的に認める方向に進んでおり、婚外子を差別することを禁止する法律も整備されつつある。
実際、フランスでは新生児の5割が婚外子である。日本でも現在、新生児の約2割にあたる人工妊娠中絶が毎年行われている。もっと婚外子、ひいては不倫を許容する方向に社会が向かえば、少子化対策にもなるのではないか。

不倫のメカニズムから始まって、人間の正義という哲学に切り込み、日本社会の最大のイシューである少子化を俎上に載せる。
中々に遠大なテーマで、面白い本だと思えた。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2022年11月1日
読了日 : 2022年10月30日
本棚登録日 : 2022年10月30日

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