エイラ 地上の旅人(3) 野生馬の谷 上

  • ホーム社 (2004年11月26日発売)
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人がまだ大地の王ではない頃。氷河期の終わり、ヨーロッパでは、二つの人間が互いに領域を侵すことなく住んでいた。
そこは、人間をも平等に扱う弱肉強食の世界だった。

ここらで少し、二つの人間について、おさらいをしておきたい。今回は、ほとんどネアンデルタール人は登場しないが、エイラの育った環境の確認のためにも書いておく。

〔クロマニヨン人〕
現代型ホモサピエンス。新人。男性で180?ていど。
白色人種に入るとされ、主流派の学説では、そのまま現代に遺伝的につながっていると考えられる。
精密な石器、骨器などの道具を製作し、洞窟絵画や彫刻を残した。
狩猟生活をし、犬以外の家畜を持たなかったとする説もある。

〔ネアンデルタール人〕
旧人と称されることは少なくなった。165?、80キロ。頭部がつぶれたような形。
旧石器時代の石器を作り、火を積極的に使用。現代の直接の祖先ではないとされる。但し、途中で交わったとする説もある。
のどの構造上、現代人より文節言語を発音することが難しかったと考えられている。
遺体に献花されたあとがある、とされるものが見つかっており、これが本書執筆のきっかけにもなっている。
(作中では)
クロマニョン人からは「平頭」と蔑まれている。
言葉を持つが、音を出すのは名前など限られた場合のみであり、多くの場合はしたないとされ、身振りを使った意思疎通が行われる。そのため、他人の炉辺を見つめるの礼を欠くこととされる。
頑丈で身体能力が高く、マンモスすらも集団で狩る。
男女の地位は不平等で、完全な男性優位社会。
記憶力に優れ、祖先の記憶を代々受け継ぐ。子どもには、元々受け継いだ記憶を思い出させてやれば良い。発展性が無く、工夫のない進化の行き詰まりから滅んだとされる。
泳げない。
数の概念を理解することが難しく、最も優れたものでも20までがやっと、ほかのものは、抽象化して考えること(たとえば刻みの数を指と対応させるなど)が困難。

これだけの造形を行って描かれる物語は骨太だ。第一部の「ケーブ・ベアの一族」と翻訳者が変わっているが、違和感なく読める。

「ケーブ・ベアの一族」の最後に、ネアンデルタール人の氏族から死の呪いを受け、最愛の息子、ダルクとも別れを告げたエイラは、育ての母イーザの遺言に従い一人同種を探す旅に出た。いつしか、「野生馬の谷」にたどり着く。
それは孤独な旅であった。
「一人旅」という気楽なものではない。現代の旅は、街道が整備され、周囲に商店が並び、何かあれば援助を期待することができる。
しかし、もちろんこの時代にはそんなものはない。何かあればそれが死に直結する。語り合うものもない。助けも期待できない、本当の孤独だ。
エイラは、女に狩りを禁止している氏族の中で、投石器を使用した狩りのみ特別に認められ、イーザからは薬師の技を受け継ぎ、女としての道具作りなどの技を磨き、一人前で生きていく能力は身につけている。しかし、それは、集団の中の力だ。一人きりではひどく心許ない。
しかし、それでもエイラは一人、北へ北へと向かっていく。

今回は、エイラのほかにもう一人の主人公がいる。
クロマニヨン人ゼランドニー族の男、ジョンダラーだ。
本の見返しを見ると二人の旅程は一つに交わるようだ。しかし、なかなかそこまでたどり着かない。
ジョンダラーは、弟ソノーランと共に母なる川ドナウの果てを探る旅に出る。
そこで彼は、「これでもか!」というくらい女にもてる。
行く先々で、兄弟は女神の賜を享受する。それは、平頭と蔑む一族とは違い、性に関して男女平等であることを示し、現代の我々も、望めばその喜びを自由に楽しめば良いのだ、とも受け取れる。初めて読んだ高校生の頃、それが完訳版でなかったとはいえ、そのあまりの奔放さに赤面するほどだったのを思い出す。
しかし、それでもなおジョンダラーは、恋を知らない。

禁欲的な生活の中に喜びを見つけるエイラと、奔放でみんなに愛されているにもかかわらず、常なる乾きを持ち続けているジョンダラーのそれぞれが、一章ごと交互に描かれている。

すべての生きものを平等にはぐくみ受け入れる大地。生も死も同様に受け止め、また、分配していく。死ねば、別の生きものの腹を満たし循環していく命。
それにすがりつくような人々の営み。
上巻はまだ助走のようだ。
二人が出会うことになるだろう、下巻が楽しみである。

某サイトより転載

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2012年3月18日
読了日 : 2012年5月4日
本棚登録日 : 2012年3月18日

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