本屋さんや図書館に行って、本棚まで観察したことがあるだろうか。
たぶん殆どの方は棚の本だけを見ているかと。
ところが世の中には、本棚にフォーカスする人がいるのだ。
著者の専門は土木工学で「鉛筆と人間」「フォークの歯はなぜ4本になったか」「橋はなぜ落ちたのか」などの著書が邦訳されている。
身近なモノに焦点をあてて、今日までどのような形態的・機能的な進化を遂げてきたのかを解説する。本書は「本棚」について。これがすごく面白い。
グーテンベルクの印刷術以前、手書きに頼っていた本は非常に貴重で高価なもの。
いくつもの鍵がついた本箱(棚ではない)に保管されていた。
しかし蔵書が増えてくるにつれ、保管場所にも悩むようになる。
当時の本は装丁が豪華で、浮き彫りや宝石が施されていたりと重ねて置くことが不可能だったのだ。留め具や突起もあり、他の本を傷つけてしまう恐れもある。
そこで、1冊ずつ表紙を上にして平置きされた。
収納しきれずチェストから出された本たちは、書見台に鎖でつながれる。
このことが、図書館の構造と発展を17世紀末まで支配していくことになる。
電気もなく、本を守るために火を使うわけにもいかない。
そんな時代の照明は、窓からの太陽光に頼っていた。
鎖につながれた本の移動は出来ず、書見台を日の光がさす場所に置く必要がある。
それが、本の収納場所とともに図書館の構造の決め手となっていく。
増え続ける蔵書の前に、書見台のスタイルにも限界がくる。
台の上に、現在の本棚に近い棚をつけるというアイディアが生まれ、その後ようやく本を立てて収納するという方法がとられる。
格段に収納数は増えたが、興味深いのは背表紙の部分を奥にして入れていたこと(!!)。
こちらから見えるのは「小口」という頁をめくる部分だ。
当時はまだ背表紙に著者名やタイトルは書かれておらず、何より鎖が手前の端についていたため、他の本を傷めないようにこの収納方法だったらしい。
図書館では、本箱の端に内容目録が貼り付けられ、その枠には木の扉がついていて、リストを調べるとき以外は閉じられていたという。
更に蔵書数が増え、古い本は次々に装丁し直されて、ようやく背表紙にタイトルを入れる時代がくる。新しい本は背表紙を手前に向け、古い本は奥に向けるという方法が一般的になるのはほぼ16世紀の終わりごろから。
しかしこの後も書斎の作り方や収納の際の本のサイズ問題、固定式の棚と可動式の棚とどちらが良いかなどと、問題は尽きない。
本書で面白いのは、メルヴィル・デューイの「図書館記録」からの引用箇所が大変多いこと。分類法を考えただけじゃなかったのね。
長さ100センチを超えると棚は重みでたわむとか、収納は左から右へ&上から下へとか、背の高い本棚から本を取り出すためのはしごの話や、本棚そのもののサイズについて、司書が入る書庫の暗さについても言及している。
今じゃ当たり前のようなことでも、先人たちの試行錯誤の結果なのだ。
本棚と本は別々に進化するわけではなく、互いに影響しあい必要に迫られて共進化してきた。その視点が非常に新鮮で興味深い。
今も情報は増加し続け、どのように収納するかと言う問題は終わることがない。
データーベース化されたところで、同じ悩みが生じるだろう。
未来の本棚はどんな形に進化するのだろうか。もしや昔に戻るのだろうか。
著者は最後まで増え続ける本の収納で悩み続けている。
それってつまり、私たちの姿と変わらない。そう思うと笑いがこみ上げる。
翻訳の良さかもしれないが、文章はよくこなれていて読みやすい。
図版やイラストも要所要所に入り、いくつもの新しい発見に恵まれた。
蔵書家さん・愛書家さんたち、これはお勧めですよ。
- 感想投稿日 : 2020年11月27日
- 読了日 : 2020年11月27日
- 本棚登録日 : 2020年11月27日
みんなの感想をみる