ブロークン・ブリテンに聞け Listen to Broken Britain

  • 講談社 (2020年10月28日発売)
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「ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー」がとてもよかったので、これも読んでみたら、いやいや期待以上に面白かった!英国社会の「今」が、肌感覚で伝わってくる。と同時に、ここ日本でも当てはまるなあということがいろいろあって、考えさせられた。いくつかをあげてみる。

・ネット上では「左翼」や「リベラル」がどんどん侮蔑や嘲笑の対象になっていて、しかもそういう意見を表明する人というのは、従来の枠組みで言えば反体制側に与するのが自然なように思える立場にあることが多いように思う。これには様々な要因があるだろうが、なるほどこういうこともその一つだろうと思えるところが次々出てくる。

<つまり、主流派の考え方に疑問を投げかけ、体制に反逆するアウトサイダーだったはずのレフトが、いまや主流派そのものというか、ふつうに学校で教えていることを主張するのにいまだパンク気取りで奇抜な方法を用いているから「クール」どころか「むかつく」と言われてしまうのである。>
<女性差別的な絵を美術館の壁から撤去するというゲリラ的な行為>も<エリート校の壁からヌード絵画を外す厳格な校長先生みたいに見えて人々の怒りを買うのだ>と。

また、あるコメディアンの発言が引用されている。
<左派には、高みからモラルを振りかざして尊大になりがちな人がいると思う。多くの左翼の人々は、自分は左派だからという理由だけで自動的に偏見がなくて、寛容な人間なんだと思い込む。それは本当に幼稚で嘘くさい政治的価値観の解釈だ。左派の人の中にも、レイシストやホモフォビックな人はたくさんいるよ> 本当にそうだ。胸に手を当ててよーく考えよう。

<ひと昔前までは、「抵抗」や「叛逆」が左翼やリベラルのテーマだったが、現代ではそれが「道徳」にスライドしていると言われて久しい。多様性や包摂などのリベラルな概念がメインストリームになるにつれ、「こんなことを言うのは危うい」「こんなことをするのはダメ」と他者の過ちを指摘し、正しさを説くことがその存在意義に変わってきたからだ。> 私は、倫理的であることがリベラルの本質的な美質だと思っているが、「常に自分たちは正しい」とか言いがちであることも確かで、そりゃ反感を買うよね。

そう!そうだよと膝を叩いたのが「緊縮の時代のフェミニズム」の章。
<ある種の懲罰性を持つフェミニズムは、緊縮の時代の女性たちをさらに生きにくくしているのではないか。元セックスワーカーだったという職員の言葉が印象に残っている。「いま必要なのは、イデオロギーじゃなくて、シスターフッドだよね」>
私は自分をフェミニストだと思っているが、筋金入りのお姉様方の前ではなんとなく「スミマセン。中途半端で」とうなだれるような気持ちになる。「そんな生き方ではダメよ」と言われそうだもの。「懲罰性」という言葉に納得。

・EU離脱をめぐる混沌とした状況が繰り返し述べられている。「物事をよくわかっていない単純な愛国者が、愚かにも離脱に投票した」という文脈の論を結構見かけたが、筆者は(当然ながら)そうした見方には立たない。
<EU離脱は文化闘争などではない。重要なのは労働者階級の価値観ではなく、生活水準なのだ。こういう考え方はあまりロマンティックではないかもしれない。が、食えないところにまず必要なのはロマンではない。>

・英国では、フードバンクにそのまま寄付できるようにパッケージされた商品が、スーパーの棚に普通に並べられているそうだ。一見すごくいいことのようだけど、よく考えればやっぱりおかしい。貧困を扱った映画を作ったケン・ローチ監督が、その映画をきっかけに貧困者支援団体を助成する基金が立ち上げられたときに出した声明に曰く。
<ひとつだけ付け加えたいのは、ともかくチャリティーは一時的であるべきだということ。ともすると、チャリティーというものは不公正を隠してしまいがちだが、むしろ不公正の是正こそが最終目的であることを忘れてはならない> その通りだ。

・身近な話として面白かったのが「エモジ」の話題。日本の絵文字が英国でもエモジとして定着しているとは知らなかった。イギリス人ってそういうことはしなさそうなイメージがある。著者の友人が「エモジ入りのテキストを受け取ると、エモジなしで返事できなくなる」と言っているが、私もまったく同じだ。反対に絵文字を使わない人には「幼稚だなあ」と思われそうで使えない。「エモジという忖度カルチャー」という言葉には大いに心当たりがあるなあ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: エッセイ・紀行・回想
感想投稿日 : 2021年1月7日
読了日 : 2021年1月4日
本棚登録日 : 2021年1月4日

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