ショローの女 (単行本)

著者 :
  • 中央公論新社 (2021年6月21日発売)
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本棚登録 : 242
感想 : 27
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お待ちかね伊藤比呂美エッセイ。他にないそのテイストをうまく言い表せずにいたが、少し前に新聞の読書欄で、金原ひとみさんが本書の評を書いていて、そう!そうなのよ!と膝をバシバシ打った。
「生活も趣味も感情も驚くほどわちゃわちゃと忙しいのだが暑苦しさは皆無、むしろドライで、どこまでも飄々としている」

本当に伊藤さんの生活や人生は「わちゃわちゃと」している。若い頃の摂食障害、不倫、最初の短い結婚、ポーランドまで追いかけていった人と二度目の結婚、子育て、また離婚してアメリカ人の詩人のもとへ子連れで走る。母との長い葛藤、アメリカと行ったり来たりしながら父の介護、夫の死、父の死。本書は、日本に帰ってきて少し落ち着くのかと思えば、ワセダで教え始めて、東京と熊本を行ったり来たりするようになったところから始まる。家族や友人を愛し、飼い犬や植物にも入れ込んできた著者は、当然ながら学生たちにも半端ではない情を注ぐ。ショロー(初老)となっても、伊藤さんの身辺は「わちゃわちゃと忙しい」。

それなのに、なぜこうもすがすがしく感じるのか、なぜきっと自分も大丈夫だろうと安心する気持ちになるのか、かねてから不思議でならなかった。金原さんは、それは「言葉にしている」からだと書いている。

「著者の描く『あたし』がここまであらゆるものに執着し、手を出し首を突っ込み囓ったりハマったり逡巡したりしながら、一人で粛々と満ち足りているように見える理由は何なのだろうと、読みながらずっと考えていた。その答えはおそらく彼女が『言葉にしている』ことにあるのではないだろうか。
本書には確かにリアルな老いが描かれている。体力の衰え、姿勢の変化、歩くのが遅くなり、人の目を気にしなくなり、ちょっと昔話をするだけで四十年前に遡る。しかし同時に、書き続けること表現し続けることで、孤立しながらにして巨大なピラミッドのような安心感を得、また与える境地に到達したその生き様こそが詰まっているように感じられる。無骨なのにスマート、愛の中で孤独、柔軟な一本槍、奇妙なバランスで成り立った奇跡のショローがここにある」

こうして言葉にしてもらって、ずっと深く楽しく読むことができたと思う。書評の力を再認識した。




オマケ

この書評の少し後に、金原ひとみさんは「ハヨンガ」というドキュメンタリー小説の評を書いていた。これにも胸打たれた。以下はその一部。

著者あとがきには、執筆前「女性として私が感じた侮辱を世間に広めることが作家の役割なのだろうか」と迷いを抱いたと吐露しているが、物語として編み直されたことで透過性を増し、人々の中に溶け込み、そこで抗体となり己の力を強化してくれているのを私は実感している。共通認識であるからこそ、言葉は毒にも薬にもなり、卑劣な武器にも尊い武器にもなり得るのだ。小説でしか実現し得ない形でつまびらかに描き出された、恐怖に直面した女性たちの胸に渦巻く怒り、悲しみ、奮起の言葉は、あらゆる虐げられた人々の血肉となり、不当に奪われたものを取り戻す力となるだろう。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: エッセイ・紀行・回想
感想投稿日 : 2021年9月12日
読了日 : 2021年9月11日
本棚登録日 : 2021年9月11日

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