この30年の小説、ぜんぶ ; 読んでしゃべって社会が見えた (河出新書)

  • 河出書房新社 (2021年12月25日発売)
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感想 : 28
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「SIGHT」年末恒例企画「ブックオブザイヤー」は愛読していた。雑誌が休刊してしまって残念至極。どこかでまたやってほしいなあ。高橋源一郎さんと斎藤美奈子さん、最強コンビの一つだろう(豊崎由美さんと大森望さんというのも好き)。お二人の場合、小説などを論じつつ、その作品が書かれ読まれる社会的意味に斬り込んでいくところに特徴がある。

後半の長い対談は、平成を(さらには昭和を)俯瞰する視点で話されていて、なるほどなあと思うところが多かった。確かに文学は社会の鏡であり、しかもそれは時間がたってから鮮明な像を結ぶものなのだと納得させられた。

個々の作家についての評がやはり読みどころ。言われてみれば本当にそうだと思うのがいくつもあった。

・西村賢太さん 「フラットに書いているようでいて、苦悩を特権化してる感じ」 そう!主人公がDV男だという以外にもなんか苦手と思ってたのはこれだ。明治の書生ものから連綿と続く「オレだけがこんなに苦しんでる」ってやつ。(しかしこんなに早く亡くなるとは…。ご冥福をお祈りします)

・山田詠美さん 「詠美さんの作品って、もともと優等生なところがあるし、じつはすごく道徳的でしょ」「根本的にいい人なんだよね」 そうなんだよね~。アンダーグラウンドを描いてもにじみ出る真っ当感がエイミーの魅力。

・伊藤比呂美さん 「今日に至るまで、一貫して子育てや家族のことを書き続けてきたわけで…」「人生の実況中継だよね」 人生の実況中継!いやまさに!そこに全然ウソがない点が伊藤さんの凄さだ。今や老いに向かう姿も「中継」してくれていて、読むとなぜか安心する。

とまあ納得した箇所は多々あるが、今回もっとも膝を打ったのは、村上春樹についての論評。私が初期作品以外の彼の小説が苦手な理由がよーくわかった。

・「これ(「色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年」)、読んでも小説の中に入れない人、たくさんいると思うんだよね。表面でツルッと滑って。舞台の上を観ていて、凄い熱演で、でも熱演されればされるほど冷めていくみたいな。でも、本当は、読むのはその熱演の中身じゃなくて、何か別のもの、メタ・メッセージが……。」「あるんじゃないかなってみんな思うので、一所懸命読むわけですが。」「ただ、それが何かって言われると、なかなかわからない」 私のことだよ~。

・斎藤さんが、「すごく浅く言うとさ、自分探しものですよね」と斬り、主人公を動かすのはいつも女で「結局、女に甘えてません?」と言った後の高橋さんの答えに、もう膝を連打!
「まあでも、いくら批判されてもへこたれないよね。だからもしかすると、最後の父権制はここにあるのかもね」「他の人たちはやっぱり自信がないっていうか、頼れるものがない感じ。でもこのふたり(村上春樹と大江健三郎)は、自分自身の中に重力がある」「このふたりは、後期資本主義でそういうの(近代文学をバックボーンに持った父権制)がいったん切れたあと、すごい力業で自分自身の上にそれを作り上げたんだよ」
この後二人が繰り出す言葉にいちいちうなずく。「ふたりとも自己肯定感がすごいよね」「どう見ても圧倒的な肯定感!」「みなぎる自信!」「全体から醸し出される、有無を言わせぬ自己肯定感!」
本当に、主人公がどんなに「ちっぽけな何もできない自分」と言おうとも、受ける印象はまったく逆。エッセイでも(こちらは愛読している)、村上さんはしばしば、「世界とうまく折り合えない自分」「理解されない自分」を書くけれど(そしてそこに共感してしまうけれど)、自己否定感はきれいさっぱりないんだよね。高橋さんは「ぼくは(村上作品は)誤読に支えられてるんじゃないかと思ってるんです」とまで言っていた。うーん。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 文芸評論
感想投稿日 : 2022年3月4日
読了日 : 2022年3月3日
本棚登録日 : 2022年3月3日

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