夫婦や家族に対してのどこか共感できる感覚を、奇妙な設定、展開に落とし込み描いた、芥川賞受賞作を含む中短編4編を収録した作品集。
専業主婦の私が、夫と顔が似てきていることに気づくところから始まる表題作「異類婚姻譚」。これは私の夫に対する態度や感覚がリアル。
夫が道に痰を吐いたことを注意され、謝罪しながら痰をふき取る私。すると注意した相手は「やくやるね、あんたの痰でもないのに」とぽつっとつぶやく。
この場面が印象的だった。夫の不始末をわがことのように謝り倒す妻。当の本人の夫は知らん顔を決め込む。どこかにこんな夫妻がいそうに思われる。
私の夫というのは話全体を見てても頼りなく、それでいていろいろなことを妻に任せっきりにするダメ夫のように描かれます。
こうした夫に対する妻の苛立ちや、あるいはあきらめの表現が独特で面白い。だらしなくバラエティー番組を見ている夫の顔がどんどん歪んで見えてくる、といった表現は、鋭さとともに、怖さも感じる。自分もだらしなくしているときって、そんなふうに見えてしまっているのではないか、と。
一方で終盤の夫から私への切り返しが痛烈で、これも怖かった。ずっと頼りなく怠惰だった夫。常に理は妻である私にあるように思われたのだけど、切り返しの場面に至ると、その理も妻の夫への違和も怠惰も何もかもが、溶け合ってしまうような不気味な感覚に陥ります。夫妻の顔が似てくる、というのをこう表現するのか、と怖さとともに思わず感心もしました。
他3編も設定は突飛なのだけど、不思議と共感できる部分も多い。「トモ子のバウムクーヘン」の日常生活すべてが誰かに作られたものではないか、とふと妄想してしまう感覚もそう。
そして「藁の夫」もなかなかぶっ飛んだ設定。藁の夫とは、たとえでなく本当に藁でできた夫なのです。藁の夫との口喧嘩から、空想の世界はさらに広がっていき、女性心理がこの世界ならではの表現で切り取られる。
収録作品いずれも、どこか共感・理解できる部分があるのですが、その表現方法が今までにないものばかりでした。現実的な話がある瞬間、空想的なイメージにとって代わられるだけど、その空想の意味、表現の意味を考えると、今の社会のどこかに転がっていそうな、夫婦や家族の違和がそこに映し出されているように思える。
多分表面的にこの『異類婚姻譚』の収録作を読んでいくと、戸惑いしか残らないと思う。その物語の世界観や表現に何が託されているのか、ふと考えると、面白みがより増す作品集だったと思います。
第154回芥川賞「異類婚姻譚」
- 感想投稿日 : 2021年5月16日
- 読了日 : 2021年5月15日
- 本棚登録日 : 2021年5月15日
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